エピソード 2ー14
今日は乙女な悪役令嬢一巻の発売日です。
よろしくお願いします!
ほどなく、頬に紅葉を咲かせたリオさんが降りてきた。
「ご愁傷様ね」
「……ああ。というか、あいつ、なんであんな格好で廊下を歩いてたんだ? 野外じゃあるまいし」
「……え? 野外であの格好なの?」
私はパチクリと瞬いた。
「いや、湖で水浴びをしたりな。さっきも言ったが、野外には風呂がないからな」
「あぁ、その辺は大変そうよね」
襲撃を警戒するとあまり離れるわけにはいかない。配慮はしても止むに止まれぬことはあるのだろう。
「それでなにがあったんだ?」
「ローブを纏った女性が三人いたでしょ? あの子達がお風呂に来て驚いたのよ。マリエス族だなんて聞いてない――って」
「あぁ、なるほど。それは驚く――って、は?」
「ファリーナはマリエス族の王族で、カトレアとラナはその護衛と侍女よ。だから、三人ともマリエス族なの」
「……マジか?」
彼の顔には信じがたいと書いてある。
私はそれに肩をすくめて見せた。
「事実よ。あと、同じことを聞かれそうだから答えておくけど、希望するなら装備品を作ってもらえばいいわ。もちろん、素材や報酬は必要だけどね」
「……お、おぉ。マリエス族の作る装備、か……」
「セシリアさんと比べるとテンション低いわね?」
「いや、逆だ。驚きすぎて声も出ない。領主がマリエス族を雇ったって噂を聞いたことはあるが、もしやそれ関連か?」
「ええ。――と言うか、それ、後でもう一回するハメになりそうね」
――と言うことで、全員がお風呂から上がった後、集会所の長テーブルを囲んで席に着く。
それからあらためて自己紹介。まずは夜明けの光の契約条件を話し合うことになった。
「じゃあまずは提案するわね。クランハウスの使用権、それに狩りに必要な武器や防具、消耗品はこちらで用意。その代わり、貴方達が入手した素材はこちらで引き取り、その報酬として買取額の二割を支払う、というのはどうかしら?」
「……それは、少なくないか?」
リオさんが懸念を示し、エルフィナさんやゼインさんは考え込んだ。だが、セシリアさんは迷わず、「いいえ、十分な条件よ」と反論した。
「……セシリア。だが、二割を四人で分けるんだぞ?」
「分かってるわよ。それでも十分だと思う。リシェルさん。確認だけど、クランハウスの使用権というのは、食堂とかも含まれるのよね」
「ええ、もちろんよ」
「なら、やっぱり破格の条件よ」
セシリアさんはそう言ってリオさんに向き直った。
「考えてみて。食費に宿代、それに装備の手入れや、消耗品に必要なお金。それらを引いて、いままでどれだけ残った? 彼女がくれる二割は、それの代わりなのよ」
「……そう言われると……とんでもなく美味しい気がしてきたな」
「気がするんじゃなくて、事実として破格の条件よ。貯金だってあっという間に桁が変わるわ。とはいえ――」
セシリアさんはそこで一度言葉を切り、私に探るような視線を向けた。
「新しいダンジョンでは、セーフエリアの管理権限を手に入れる場合があるわ。その場合は、どうなるのかしら? その答えによって、私達は返事を変えざるを得ない」
彼女の言葉に他の面々がはっとなった。付け加えるのなら、すっかり忘れていた私もはっとなった。
「そうね。その場合は貴方達で分ければいいんじゃないかしら?」
「……は? 権利を、主張しないって言うの?」
信じられないという目で見られる。
「いや、だって、欲しいでしょ?」
「欲しい、欲しいわよ! でも、貴女がクランハウスを創って、冒険者をダンジョンに向かわせるのはそれが理由でしょ? 権利を主張しないでどうするのよ!?」
セシリアさんが怒っているのは私のためだろう。
ただ、私はその気になればセーフエリアの土地は自由に手にすることが出来る。というかたぶん、セーフエリアを広げることすら出来てしまう。
でも、私の目的は領地を豊かにすることであり、そのために必要な素材を領地に流通させることだ。
そのために彼らには頑張ってもらいたい。
彼らが多くの素材を得てくれたら、私が庭で採取した素材の入手経路も誤魔化すことも出来る、というのも大きい。
「私が欲しいのはあくまで素材だから、貴方達が管理権限を手に入れたら好きにしていいわ」
そんなふうに言ってみるのだけれど、セシリアは「いやいやいや、いいわじゃなくて!」と声を荒らげた。
「――おいおい、落ち着けよセシリア。なにをそんなに熱くなってるんだ? くれるというならもらっておけばいいじゃないか」
ゼインさんがそう言うと、リオさんは頷き、エルフィナさんも曖昧に頷く。だけど、セシリアさんはそんな三人を睨み付けた。
「私だって報酬は多い方がいい。でもこれは、私達が周囲から詐欺を疑われるレベルよ」
セシリアさんがそう口にすると、他の面々は顔を見合わせた。
そして、やはりリオさんが口を開く。
「だが、セーフエリアの管理権限なんて、そうそう手に入るものじゃないだろ?」
「……普通ならね。でも、ダンジョンにもっとも近い場所に拠点を持ち、本来なら品不足になる消耗品も優先的に入手できて、順番待ちになる装備品の手入れも最優先よ? しかも、マリエス族の装備品まで手に入る。それで、何度かあるチャンスをすべて他の冒険者達に出し抜かれる? 私たちはそこまで無能だと思う?」
「そう言われると……セーフエリアの管理権限、手に入れられそうな気がしてきたわね」
エルフィナさんが呟き、他も面々も「たしかに」と唸った。
「だから、よくて三割。普通に考えたらこっちは二割でも文句を言えないと思う」
「……なるほどな」
彼はそう言って私の表情をうかがってくる。
「私はどちらでもかまわないわよ。とはいえ、貴方達のプライドに関わるというのなら、手にしたセーフエリアの所有権は三割にして、ほかを優遇する、という形でもいいわよ?」
「……ほか?」
「マリエス族の装備を作る上での優遇措置とか」
「それは……美味しいな。おまえ達はどう思う?」
リオさんが夜明けの光の面々に意見を求める。セシリアさんは二つ返事で頷くが、エルフィナさんとゼインさんはわずかに逡巡する素振りを見せた。
「エルフィナさんとゼインさんもなにか要望はある? 可能な限り交渉には応じるわよ」
すると二人は顔を見合わせ、それからゼインさんが口を開いた。
「俺の理由は、たぶんエルフィナと似たようなものだ。だから、エルフィナが話してくれ」
「……分かったわ」
エルフィナさんは頷き、私に向き直った。
「知ってると思うけど、私は孤児院出身なの。ゼインは違うけど、境遇は似たようなものよ」
「……続けて」
「当時はいまよりも仕事がなくて、冒険者になるしかなかった。私は運良くリオに拾われて稼げるようになったけど、ダンジョンから帰ってこなかった子も少なくない。……だから、土地が得られるなら、冒険者の養成所みたいなモノを作りたいなって……」
私はその話に聞き入っていた。
口元が緩むのを自覚する。私が考えていたのは、孤児院の延長上。魔獣の出ない安全なエリアで生計を立ててもらうという計画だった。
私の計画にその先はない。
でも、彼女の計画にはその先がある。
「……素敵な計画ね。ぜひ採用させて」
「え? 採用? どういうこと?」
「希望する身寄りのない子を集め、冒険者――いえ、ダンジョンに関わる仕事の養成所を作りましょう。そして優秀な卒業者にはクランハウスで働いてもらう。……どうかしら?」
そうすれば、子供達は仕事に就けるし、クランハウスの人員も充実する。
なにより、領内に優秀な人材が増えることになる。
それは間違いなく私がやるべきことだ。
「……本気で、言ってるの?」
「心配なら、貴女を責任者に任命するわ。契約内容に記載してかまわない」
私がそう口にすると、エルフィナさんは少し眩しそうな顔をした。
「それなら、私も文句はないわ。ぜひ受けさせて」
「――俺もだ。リシェルさん、子供達のことを考えてくれてありがとう」
エルフィナさんに続き、ゼインさんも頭を下げた。そして、最後にはリオさんに視線が集まった。彼は頷き、私へと向き直る。
「リシェル嬢、ぜひ俺達を雇ってくれ」
「……さっきの条件でいいのね?」
「ああ。報酬は多いに越したことはないが、欲を掻いて嬢ちゃんが他の冒険者に乗り換えても困るからな。……とか、色々と考えてたんだけどな」
彼はそこで笑うと、テーブルから身を乗り出して右手を差し出してきた。
「嬢ちゃんの元で働くことこそが、俺達の夢を叶える近道だと思った。だから、なにがなんでも、嬢ちゃんのところで働きたい」
「……分かった。これからよろしくね」
私は満面の笑みで彼と握手を交わした。
そして契約を纏めた後、気が抜けたのか、リオさんが大きく息を吐いてファリーナに視線を向ける。
「俺達の話し合いで待たせて悪かったな」
「いえ、かまいません。それに、誠実な人達で安心しました」
「そう言ってくれると、決断した甲斐があったってもんだ。……しかし、マリエス族か。まさか、この目で見ることになろうとはな……」
リオさんがファリーナ達を見た。
いまの彼女達はローブを纏わず、紋様の刻まれた褐色の肌を惜しげもなく晒している。
「リオ、女の子をジロジロ見るな」
セシリアさんに咎められ、リオさんが「わ、悪い」と目をそらした。だが、ファリーナは気にした風もなく――どころか誇らしげに胸を張った。
「気にしませんよ。マリエス族にとって、紋様は誇りそのものですから、見られて恥じることはありません」
「そ、そうか」
リオさんが困ったように頭を掻く。それを見ていたセシリアさんが、わずかに不満そうに唇を尖らせた。
「ところで、装備を作って欲しいと伺いましたが?」
「あ、ああ、作ってくれるのか? 可能なら全員の武器と防具を一式新調したいんだが」
リオさんが尋ね、リオさんが身を乗り出した。
「素材があれば私はかまいませんよ。最終的な判断はリシェルに任せますが」
「リシェルの嬢ちゃん!」
リオさんが熱い視線を向けてくる。
「ええ、問題ないわ。素材は自分たちで集めてもらうけど、その素材は経費で落としてかまわないわ」
私がそう言うと、夜明けの光の面々から歓声が上がった。
やっぱり、マリエス族の作る装備は、冒険者にとっても貴重なんだね。これなら、マリエス族の装備を売りに、多くの冒険者を呼び寄せることも出来そうだ。
もう、弱小領地だなんて誰にも言わせない。
ようやく、私達家族の悲願が叶う。
そう思ったそのとき、イリスが来客を告げた。
クランハウスにやってきたのはレイシャさんだった。彼女は息を切らしながら部屋に駆け込んでくると、私をまえに堰を切ったように口を開く。
「リシェル様、大変です。イージーワール領の領主が、アルステリア領との境に関所を設け、高い通行税を取り始めました!」
耳にした者たちが一斉に息を呑んだ。
王都とアルステリア領を繋ぐ交易路。そこで高い通行税を取られると、交易の利益を奪われるから。
でもそれって、私がダンジョンマスターじゃなくて、ルミナリア様もいない場合、なんだよね。
面倒なお隣さんと縁を切るチャンスかも? そんなふうに考えながら、詳しい話を聞くことにした。