エピソード 2ー10
ファリーナとの話し合いを終えたあと、私は孤児院へと向かった。冒険者ギルドで教えてもらった場所に足を運ぶと、敷地の広場で年若い女性と子供達が農作業をしていた。
私はその集団に向かって声を掛ける。
「こんにちは。院長先生はいるかしら?」
私の声を聞いた子供達が、その中にいた年若い女性に視線を向ける。
ウェーブが掛かった栗色のロングヘア。少し眠たげな、だけど優しい瞳は少し黄色掛かった茶色をしていて、身なりは素朴ながらも清楚な印象を纏っている。
年若い――恐らく十代後半くらいの女性だ。
その女性が、子供達を後ろに護るようにまえに出た。
「院長先生は出払っていて、いまは私が責任者ですが……貴女は?」
「失礼しました。私はリシェル。少し相談があって参りました」
「……話、ですか?」
警戒した眼差しを向けられる。
まぁ、孤児院に相談があるなんて怪しいものね。
「ご安心を。決して悪い話ではありませんので、まずは話を聞いていただけませんか?」
私が提案すると、彼女は私と、私の後ろにいるイリスを見比べた。ウィッグを着用する私は素朴な町娘風のワンピース姿だけど、イリスはゴスロリを纏っている。
「彼女のことはお気になさらず。私の従者ですので」
突っ込みどころだらけだけど、必死になって正体を隠す必要性は感じていない。私はとくに隠すことなく、イリスとの関係性を伝えた。
「は、はあ……分かりました。では、こちらに」
と言うことで、私は孤児院の院長室へと案内される。
ちなみに、イリスは子供達と共にお留守番だ。
ミリアが子供達が勝手にどこかに行かないようにと心配していたので、イリスに見守るように指示を出したのだが……ミリア的には逆に心配になっているかもしれない。
ともあれ、私は院長室へとやってきた。
小さな部屋に、机と椅子が申し訳程度に置かれている。
「よければお座りください」
彼女はそう言って、水の入ったコップをテーブルの上に置く。
恐らく、歓迎してくれているのだろう。
「では、失礼します」
椅子に座って、さりげなく院長室の様子を見回した。掃除は行き届いているが、家具はどれも使い古されている。補助金が足りず、生活が苦しいというのは本当だろう。
「えっと……その、このようなおもてなししか出来ずに申し訳ありません」
「あら、掃除の行き届いたすてきな部屋だと思いますわ。とても物を大切にしていらっしゃるのですね。貴女の性格がよく分かります」
「あ、ありがとうございます」
ミリアは控えめにはにかんだ。
「そう言えば、院長は貴女ではないのでしたね。ずいぶんと若いようですが……」
「ええ。実は院長先生が、補佐として雇ってくださったんです。私が、その……お仕事を見つけられないのを見かねて」
……そう言えば、孤児院を出るべき年齢になっても、仕事を見つけられずに留まっている者が何人かいると言っていたわね。彼女もそのうちの一人なのだろう。
後ろめたそうに見えるのは、院長先生に情けを掛けられたと思っているから、かしら。
だけど――と思い出すのは、私が声を掛けたときの彼女の態度。ミリアは戸惑いながらもまえに出て子供達を庇い、子供達もまたミリアの後ろに隠れていた。
「貴女になら任せられると思ったから、院長先生は補佐に貴女を選んだのではないかしら」
「……え?」
「失礼。差し出口でしたね」
余計なことを言ったと口を閉じる。でも、自分達の境遇と重ねてしまい、口を挟まずにはいられなかったのだ。
とはいえ、これ以上は余計なお世話になるだろうと、私は咳払いを一つ。
「話を戻しますね。先日、子供達が冒険者ギルドで仕事を探しているのを見かけました。聞けば、ずいぶんと経営が苦しいそうですね」
と、私はテーブルの上に金貨を一枚置いた。
「……これは?」
「寄付金です。少ないですが、経営に役立ててください」
「よ、よろしいのですか?」
「ええ。子供達が苦しむ姿は見ていられませんから」
両親を失った頃の自分と重ねてしまうから――とは口に出さずに微笑んだ。
「あ、その……私が不甲斐ないばっかりに、申し訳ありません」
「貴女が謝ることではありませんよ。孤児院の経営が苦しいのは、領主の責任ですから」
それは自分達に対する戒めの言葉だった――
だけど、その言葉にミリアは強く反応した。
「それは違います!」
テーブルに手を突いて立ち上がり、それからハッとした顔で席に座り直す。彼女は顔を赤く染め「す、すみません」と謝罪した。
「謝る必要はありませんよ。でも、このように苦しい生活を強いられて、領主に思うところはないのですか?」
「もちろんです。領主様が精一杯支援してくださっているのは知っています。他の領地なら、もっと支援金は減らされていただろうと、院長先生から聞いたことがあります」
「そう、ですか……」
それもまた事実だ。
でも、彼らが仕事を見つけられないのは私達が不甲斐ないからなのにと、申し訳なくなる。
「それに、私、見たことがあるんです。町を視察する領主様とその妹さんを」
「え、そうなんですか?」
もしや、正体がバレた? と警戒するけれど、彼女は気付いた様子もなく話を続ける。
「あのころは誰もが生活が苦しくて、街の大人達は自分たちのことに手一杯で、私達には目もくれなかった。だけど、領主の妹さんが私の手を握ってくれたんです」
……あぁ、思い出した。視察に訪れた孤児院の片隅で泣いていた女の子。私と同じように両親を失って孤児院に来たばかりだと聞いて放っておけなかった。
「いつかきっと、貴方達が幸せになれるようにがんばるから、もう少しだけ待っていて。彼女はそう言ってくれました」
ミリアは私が掛けた言葉を一字一句違えず口にした。
「その言葉に、私はすごく励まされたんです」
……励まされたのは私も同じだよ。
声には出さずに呟く。
幼くして両親を失い、お兄様が当主の座に就いた。私はそんなお兄様を支えるべく、両親を失った悲しみに押しつぶされそうになりながら視察をしていた。
そんなとき、ミリアに出会って思ったんだ。悲しいのは、辛いのは、私だけじゃない。
だから、そんな人達のためにがんばろうって。
あのときの女の子がミリアならと、私はここに来た目的を口にする。
「ミリア。ダンジョン発見の噂はご存じですか?」
「……ダンジョン、ですか?」
ミリアは首を傾げる。
まだ彼女の耳には届いていないようだ。
「ほどなく噂になると思いますが、北の山脈でダンジョンが発見されました。これからは、そのセーフエリアを中心に、アルステリア領は発展していくでしょう」
「……そう、なんですか?」
ダンジョンと経済の発展が結びついていないのか、あるいは私の言葉を信じていないのか。私は彼女の反応を確認しながら一歩踏み込んだ言葉を口にする。
「ミリア、私はダンジョン発見者の代理人です。私の雇い主はセーフエリアにクランを建てる予定で、そこで働く料理人や、雑用係を探しています」
「……ダンジョン発見者の代理人、ですか?」
彼女の瞳に警戒の色が滲んだ。
……まあ、いきなり言われても信じられないよね。というか、それで信じて子供を預けると言われた方が人格を疑う。だから、私は言葉を尽くす。
「お疑いになるのも無理はありません。ですが嘘はありません。私がダンジョン発見者の代理人であることは、冒険者ギルドが保証してくださいます」
「……冒険者ギルド? そういえば、子供達に仕事を与えてくれた人が、たしか……」
私をまじまじと見つめる。恐らく、レイシャさんから容貌を聞いていたのだろう。
「ギルドの清掃のお仕事を依頼したのなら私です」
「あぁ、やはり、貴女が……ありがとうございます」
ミリアが深々と頭を下げる。でも、彼女達を苦しめたのは私だ。感謝されるのはすごくいたたまれない。
「私はたいしたことをしていません」
「いいえ、その心遣いに私達は救われました」
「……では、感謝の気持ちだけ受け取っておきます」
私はそう言って笑う。
「話を戻しますね。仕事内容はクランハウスでの掃除や料理。それを子供達にしてもらおうと思っています。働き手に心当たりはありませんか?」
「ありがたい申し出ですが……なぜ子供達を?」
「子供達には笑顔でいて欲しい。ただそれだけです」
私も幼少期に両親を失ったから。
支援金を増やすだけじゃ、子供達に仕事が見つからないという現状は変えられない。それを変えるために考えたこと――だったのだけど、ミリアの瞳から警戒の色は消えなかった。
子供達が巣立つ。それは孤児院としては喜ばしいことのはずだ。それなのに、彼女がこんな風に警戒しているのは、子供のことが心配だから。
だったら、私も彼女に誠意を尽くそう――と、ウィッグを取り払った。黒いウィッグの下からプラチナブロンドの髪が零れ落ちる。
それを目にしたミリアが、ハッと目を見張った。
「ウィッグ? ……え? その髪の色、貴女はまさか……いえ、貴女様は――っ」
私はそれに答えず、彼女の手を握った。
「待たせてごめん。でも、もう大丈夫。私があなた達を幸せにしてみせるから」
「……あぁ、覚えていて、くださったのですね」
ミリアは私の手をギュッと握り返し、その綺麗な瞳から止めどなく涙を零す。
両親と私達兄妹の目指した理想の領地に、少しだけ近づけたような気がした。