エピソード 2ー9
乙女な悪役令嬢には溺愛ルートしかないの一巻が25日に発売予定です。あとがきの下に書影があります。
本屋さんで見かけたらよろしくお願いします!
ダンジョン最奥の屋敷から、領都にあるルミナリア様の仮拠点へ。そこでマギアメイドのイリスに、お兄様へ手紙を届けるように命令した。
「行ってくるのよ」
彼女はそう言って家を出る。
虚空に消えたり、空を飛んだりするのかと思ったら、意外にも徒歩だ。ゴスロリ姿の小さなお嬢様が一人で街中を歩いて、悪人に襲われたりしないかな?
………………無益な殺生はするなと命じたから大丈夫よね?
ちょっと不安だと思いつつ、待っている間にダンジョンの管理メニューを開く。虚空に表示されたモニターに指を走らせて、実績の欄を表示した。
さっきは確認しなかったけど、また実績が解除されてたのよね。
あのタイミングで解除される実績って……とおっかなびっくり開く。そこには、『初めてエニグマ種を召喚した』と書かれ、千マナクリスタルが増えていた。
「あぁ、こっちだったか。てっきり……」
と、私は実績がもう一つあることに気付いた。開くと『始まりの竜とてぇてぇを体験した。羨ましい』という実績が解除されていた。
私は無言で顔を両手で覆う。
というか、羨ましいって誰目線だろう?
もしかして管理神目線? ということは、管理神も、ルミナリア様と仲良くしたいって思っているってことだよね? どこにいるんだろう?
それにしても、実績で増えたマナクリスタルがまた十万ほど増えている。他のもろもろを含めても数千なのに、ルミナリア様関連だけで百二十万も増えてるよ。
管理神様、ルミナリア様のこと好きすぎじゃない? まぁでも気持ちはわかるなぁ。ルミナリア様、見た目や口調のギャップが可愛いもんね。
なんてことを考えていると、新着通知が来て、「管理神と解釈一致」の実績解除で一万マナクリスタルが増えていた。って、え? 見られてる!?
えっと、えっと、ダンジョンやセーフエリアの管理メニュー、すごく使いやすいです! システムを作ってくれてありがとうございます!
感謝の気持ちを思い浮かべるが、今度は反応がない。
「……まあいいや。もらえるものはもらっておこう」
と言っても、マナクリスタルは魔獣関連にしか使えない。あんまり魔獣ばっかり増やしても危険なダンジョンになっちゃうから、ひとまずは貯めておこう。
と言うことでしばらく待っていると、イリスが戻ってきた。その後ろにはローブを纏った女性の影。
「ご主人様、ファリーナ様を連れてきたのよ」
「……リシェル?」
イリスの後ろから、ファリーナがおっかなびっくり顔を覗かせる。彼女は私の姿を見ると、安堵したように駆け寄ってきた。
私は席を立つと、彼女はそのまま飛びついてきた。
「リシェル、無事だったのですね」
「ええ、おかげさまで元気にやってるわ。貴女は?」
「ずっと制作の腕を磨いていました。貴女が約束を守ってくれると信じていましたから」
私に抱きついたまま、少しだけ身を離して見上げてくる。
……まさか、私がダンジョンマスターだと気付いた? いえ、そんなはずはないわよね。だとすると、ダンジョンが発見されたことを知って、私が既に動いたと判断した、かな?
「ファリーナはダンジョンが発見されたことを知ってるの?」
「ええ、エルネストさんから聞きました」
「お兄様が? なにか言ってた?」
「ダンジョン発見者と渡りを付けて、セーフエリアを売ってもらうように交渉すると。そんなときに貴女から連絡が来たのは無関係ではないのでしょう?」
ファリーナはなかなか勘が鋭いようだ。でも、さすがに私がダンジョン発見者で、ダンジョンマスターだとは分からないわよね。
「いまから言うことは、貴方達と、お兄様以外には秘密にしておいてくれる?」
「えぇ、もちろんです。なんでしょう?」
小首を傾げるファリーナを引き剥がし、私は手袋を外して見せた。
「私が、その発見者なの」
「――えっ!?」
ファリーナが目を見張って、私の顔を、手の甲の紋章を見比べる。だけど、私はすぐに手袋をはめ直した。発見者の紋章と微妙に違うのがバレないように。
……さすがに、ダンジョンマスターになったとは言えないものね。
「リシェル……貴女が、ダンジョンを発見したの?」
「ええ。でも、私は正体を隠してるし、発見者の代理人ということになっているわ。だから、話を合わせてね。お兄様にもそう言っておいて」
私の言葉にファリーナは頷きつつ、けれど――と疑問を呈した。
「どうして隠すんですか? 領主の妹が発見者だと名乗った方がいいのではありませんか?」
「地鳴りが、私が怪しげな儀式をしたせいだという噂があったでしょう? あの直後に、私がダンジョンを発見したと公表すると、なにかとややこしいことになると思うの」
「……あぁ、そうでしたね」
バルサズ達のことを思いだしたのだろう。彼女は一瞬だけ不快そうな顔をした。けれどすぐに笑みを浮かべると、「それで、ダンジョンはどうでした?」と目を輝かせた。
「色々な素材があったわよ」
私が採取ポイントに設定した素材を思い出しながら名前を上げると、ファリーナが詰め寄ってきた。彼女は私の手を掴み、ぐいっと迫ってくる。
「私達にその素材を使わせてくれますよね!?」
「ええ、そのつもりだけど――」
そこで言葉を濁す。
マリエス族は褐色の肌に刻まれた紋様が力量に直結するため、肌を晒すことを誇りとする一族だ。だが、ファリーナはずっとローブでその身を隠している。
もちろん、そんな理由でファリーナを見下したりはしない。彼女は大切な友人だ。
ただ、事実として、農具は作れても、魔術回路を使った装備の製作は苦手なんだろうと思っていた。
だけど――
「それなら心配ありません。リシェルが家を出るとき、帰ってきたら伝えたいことがあると言っていたのを覚えていますか?」
「ええ、もちろん覚えているわ。いま、教えてくれるの?」
私の問いかけに、ファリーナはそのローブを脱ぎ捨てた。そうして露わになったのは、私がいままで見た中でも飛び抜けて緻密な紋様が刻まれた肌。
「ファリーナ、それは……」
「後継者争いになるのが嫌で隠していたんです」
ひゅっと喉がなった。だってそれは、ファリーナの紋様が後継者争いを引き起こすほどの代物だと言ったも同然だから。
「驚いた。でも、見せてよかったの?」
「はい、もう隠す必要もありません。それに、ダンジョンの素材が手に入るんですよ? 実力を隠してなんて要られません。だから素材を使わせてください!」
目がキラキラしている。ファリーナも生粋のマリエス族だったという訳だ。
私は苦笑しつつ、「もちろんよ」と頷く。
「というか、私はセーフエリアにクランを建てるつもりなの。そこに工房を用意するから、ファリーナには思う存分に腕を振るってもらう予定よ」
「セーフエリアに工房! 楽しみです!」
ファリーナは声を弾ませる。
……というか、これってすごいことだよね?
いままでのアルステリア領には素材がなく、強力な装備を作れる職人もいなかった。だけどダンジョンをもらい、素材を好きなように集める手段を手に入れた。
そしていま、マリエス族の中でも最高クラスの職人が仲間になった。
『ダンジョンもなく、交易路すらない陸の孤島になど用はありません。こちらこそ、今後の取引はお断りさせていただきます』
そう言ったグラセッド商会は泣いて悔しがり、
『俺はこれからダンジョン産の希少な素材を手にし、様々な装備を作って後世に名を残す。おまえ達はこの貧乏領地で、愚妹とともに指をくわえて見ているがいい』
バルサズもおのれの言葉を悔やむことになるだろう。
もう、彼らに煩わされる必要はない。私は晴れ晴れとした気持ちで、ファリーナと今後について話し合った。