エピソード 2ー6
ルミナリア様が設定した取引条件。その内容を何度も確認したレイシャさんは、震える手でウィンドウに指先を触れさせる。
わずかな間を置いて、ウィンドウは消滅した。
「取引は完了だ。手の甲を確認してみろ」
それを聞いたレイシャさんは慌てて手の甲を確認する。そこには、発見者の証とはまた少し違う、譲渡された土地に対する管理権限の証が刻まれていた。
「……すごい、これが管理権限の証なんですね。まさか、私がこれを所有する日が来るとは夢にも思っていませんでした」
レイシャさんは感動に打ち震えている。私はそれが収まるのを待って、「管理の仕方は分かりますか?」と問い掛ける。
「はい、事前に確認してあります。たしか、こうして……はい。大丈夫そうです」
彼女は虚空にホログラムのウィンドウを表示させ、間違いなく権限が譲渡されていることを確認した。そこに、ルミナリア様が声を掛ける。
「分かっていると思うが、引き継ぎ設定をするまえにおまえが死ぬと、私に権限が返ってくる。契約が不履行となった場合もだ。注意しろ」
「ご忠告、感謝いたします」
レイシャさんはぶるっと身を震わせて、それでも気丈に笑みを浮かべた。それから「それでは、私は失礼して、管理エリアの確認に参ります」と席を立つ。
私はそれに併せて席を立った。
「それなら、私も同行してかまいませんか?」
「かまいませんが……」
「東側を領主様に売るにあたって、西側の建築予定を聞いておきたくて」
「なるほど。そういうことであれば是非」
――ということで、私はレイシャさんと共に小屋を出た。そこには夜明けの光の面々が待っていて、こちらに気付いたリオさんが口を開く。
「お、取引は終わったのか?」
「ええ、おかげさまで上々よ。後は管理エリアの確認をして帰るだけね」
「了解」
と言うことで、レイシャさんがメイン通り沿いを歩く。私と夜明けの光の面々はその後に続いた。すると、リオさんが並びかけてきた。
「取引は終わったんだろ? まだなにかあるのか?」
「他のエリアを売る兼ね合いで、冒険者ギルドがどこになにを建てるか確認したくて」
「なるほど。ちなみに、他の管理エリアも全部売るつもりなのか?」
「……もしかして買いたいの?」
軽く探りを入れると、彼は盛大に肩をすくめた。
「いやぁ、さすがに買うのは無理だろうな。宿が建てば借りるつもりはあるけどな」
「と言うことは、今後はここで活動する予定なのね?」
「そりゃな。新しいダンジョンだし、ぱっと見た感じ、かなり稼げそうだからな」
なるほど、冒険者の評価も悪くないらしいと安堵する。
これなら、他の冒険者も集まってくるだろう。
「で、さっきの質問の意図は?」
「純粋な好奇心だ。莫大な財産を手にした嬢ちゃんがなにをするのか、ってな」
「莫大な財産を手にしたのは雇い主だけど……そうね。残りの大半は領主様に売る予定だけど、北の一等地にはクランの拠点を作るつもりよ」
「――クラン!?」
私の何気ない言葉に、リオさんがものすごい勢いで食いついた。
「え、マジか。嬢ちゃん、クランを作るつもりか?」
「え、ええ、そのつもりだけど」
「冒険者や薬師、鍛冶屋なんかを雇って、運営するつもりか?」
「そう言っているつもりだけど……」
マリエス族、ファリーナとの約束も忘れていない。私は自分で採取したダンジョン産の素材を、ファリーナにたくさん届ける予定だ。
だが、私がこっそり採取した素材を卸すには、出所を誤魔化す必要がある。そのために、自分でクランを運営しようという結論に至ったのだ。
なんてことを考えていると、リオさんが詰め寄ってきた。
「嬢ちゃん、いや、リシェル様、俺を――」
そのとき、セシリアさんがリオさんを突き飛ばし、私のまえに立った。それから私の手を握ると、「――私、薬を作れるわ!」と宣言する。
続けてゼインさんが「俺は人を護ることに長けている。採取の護衛なら任せてくれ」とか、エルフィナさんが「治癒魔術師も必要よね」なんてことを言ってくる。
「いてて……おまえら。――リシェル様、俺も魔獣の狩りなら得意だぜ」
そして、突き飛ばされたリオさんも戻ってきた。
四人とも、目がぎらついている。
「ええっと……?」
「売り込みですよ。冒険者にとって拠点は重要ですから」
まえを歩いていたレイシャが足を止めて振り返り、苦笑いをしながら教えてくれた。
「私のクランに加入したいと、そういうことですか?」
「「――そうだ!」」
「「――そうよ!」」
四人の声が綺麗にハモる。冗談を言ってる訳じゃなさそうだ。
彼らはCランクの冒険者。他領にはBランクはもちろん、Aランクの冒険者もいる。その人達の中には、アルステリア領のダンジョンに来る者もいるはずだ。
だけど、その者たちが私に好意的かはわからない。なにより、ここにいる彼らは、ダンジョンがない状態のアルステリア領で活動してくれた貴重な存在だ。
出来るのなら雇いたい。
「私はかまわないけど、そっちはいいの?」
レイシャに雇われているのでは? という意味を込めてレイシャに視線を向ける。
「こちらはかまいませんよ。むろん、いまの契約が終わるまでは働いてもらいますが、それが終わった後、夜明けの光がなにをするかは自由です」
「商売敵になったりは?」
「ダンジョンの規模を考えれば問題ありません。共存共栄で行きましょう」
どうやら問題ないらしい。という訳で、私は夜明けの光の面々に視線を戻す。彼らは期待に満ちた顔で私を見つめていた。
「……分かったわ。なら、いまの契約が終わったら訪ねてきて。そのときに詳細を話し合いましょう。それまでに色々と確認しておくわ」
私の言葉に歓声が上がった。
ファリーナと領地のために漠然と思い描いたクランだけど、一気に現実味が帯びてきた。それならいっそと、私は彼らに相談を持ちかける。
「参考にしたいから、クランに欲しいものを教えてくれる?」
「そういうことなら個室が欲しいわ。小さくてもいいから一人部屋!」
真っ先に答えたのはエルフィナさんだ。やはり女性としてはそういうのが気になるよねと心のメモ帳に書き留める。続けて視線を向けるとリオさんが口を開いた。
「俺は専属の鍛冶屋だな」
「……それは冒険者ギルドが作ると思うよ?」
「だろうな。だが、この街にどれだけの冒険者が詰めかけてくると思う? 賭けてもいいが、絶対に職人が不足して、長い順番待ちをするハメになる」
「なるほど、だから専属、と」
悪くない。と言うか、もともとファリーナ達を連れてくる予定だったので、どうせなら彼女らには弟子を取ってもらうのもありかも――なんてことを考えた。
「ゼインさんはなにかある?」
「俺は食堂が欲しいな」
「食堂……と。セシリアさんは?」
視線を向けると、彼女は「私は調合室が欲しいわ」と詰め寄ってきた。
「……調合室? ポーションそのものじゃなくて?」
「魔術師は消費量が多いの。だから、出来れば自分で作りたい」
「それは……コストの削減? それとも品薄になるの?」
「両方よ」
その水色の瞳がいつになく真剣だ。魔術師にとっては死活問題なのだろう。
「……調合室の貸し出しとか、需要あるのかしら?」
「たぶんあると思うわよ。少なくとも、私は入り浸ると思う」
「そんなに?」
「ええ。他のダンジョンでも不足しているわよ。王都のダンジョンなんかは、ダンジョンの外に町を作って対応しているけどね」
「……なるほど」
数百軒が立つスペースなら十分と思ったけど、そうでもないようだ。そう考えると、お兄様主導で貸し出しの施設を用意するのもありそうだ。
と、そんなことを考えていると、レイシャさんが口を開いた。
「設備の話をしているようですが、建築のあてはあるのですか?」
「あてですか? 管理権限がありますが……」
でも、そんな質問をすると言うことは、なにかあるのだろうかと首を傾げる。
「管理権限のレベルが低いうちは、貴女が建てていたような小屋しか建てられません。ですから、レベルが上がるのを待つか、自分で建てるしかない訳ですが……」
「なるほど。レベルが上がるのを待っていると、いつになるか分かりませんね。そうなると、大工を雇うことになる訳ですが……」
と、レイシャさんの顔を窺う。
「お察しの通り、町の大工はすべて冒険者ギルドが押さえています」
「まあ、そうなりますよね」
ダンジョンが発見されて、セーフエリアに建築ラッシュが起こる。それを知っていれば、私だってそうする。逆に言えば、私は出遅れたことになる。
「冒険者ギルドはこれから、近隣の大工も呼び寄せる予定です。もしもリシェル様にその気があるのでしたら、何人か回すことは可能ですよ」
「うぅん、そうですね……」
アルステリア領の領民の仕事になるのなら是非もない。だけど、そうじゃないのなら、無理をして頼む必要は……たぶんない。
ルミナリア様に相談したら、大抵のことはなんとかなると思うんだよね。
「どうなさいますか?」
「今回はお気持ちだけもらっておきます。あてがあるので、そちらをあたって、どうしてもダメそうなら、相談させてください」
「かしこまりました」
ということで、話はおしまい。レイシャさんとの取引も無事終了。夜明けの光を雇う件については後日、詳細を相談ということで解散となった。
――そして屋敷に帰宅後。
ルミナリア様に建物をどうやって建てたらいいか相談したのだけれど――
「それなら、この屋敷と同じものを、あっちにも建ててやろうか?」
「騒ぎになるから絶対止めてください」
ルミナリア様は頼もしすぎて頼りにならなかった。
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