エピソード 2ー5
ギルドの視察団こと、レイシャさん達は領都へ帰っていった。彼女が契約の段取りを整えて戻ってくるまでは数日ほどあるだろう。
私はそのあいだに、セーフエリアの最終調整を進める。
セーフエリアの管理権限は割譲することが出来る。でもそれは、ダンジョン発見者として私が所有する土地だけ――セーフエリア全体で言うと、およそ四分の一程度だ。
エリア内のどこを冒険者ギルドに譲り、自分で使うかを考えなくてはいけない。
理想はダンジョンの奥に隣接するエリアに冒険者ギルドを配置して、入り口に近い場所に商業エリアを配置するという、冒険者や商人の動線を意識した街造り。
だけど、セーフエリアの中心部しか所有していないため、そのような選択は出来ない。対策を講じなければ、渋滞を起こしたり、何度も行き来するようなロスが生じるだろう。
しかも、これはやり直しが利かない。改善できるとしても、建物が老朽化した後――数十年後になるだろう。ゆえに、領地の行く末を決める重要な選択になる。
それを踏まえて、私が所有するのはセーフエリアの中央付近だけで、どうすれば効率のいい町造りを出来るかと考えて、考えて、モニターのまえに突っ伏した。
「ダメだぁ……」
そもそも、最初に建てたい重要な拠点が、ダンジョンの入り口付近と、奥に建てるのがベストな施設なのだ。なのに、私の所有するエリアが中心にしかない、という時点で終わってる。
いっそ、他のエリアも所有しちゃう? ダンジョンマスターとしての権限で確認すれば、他のセーフエリア管理権限を得る方法も分かるはずだ。
そう思ってパソコンからメニューを開く。
だけど……と、私は手を止めた。
冒険者の多くは、他のダンジョンを拠点に活動している。そんな彼らをアルステリア領のダンジョンに呼び寄せるには、アルステリア領にだけある魅力が必要だ。そして、まだ所有者のいないセーフエリアの管理権限は、アルステリア領だけの魅力になり得る。
それを減らしてしまうのは、自分の首を絞める行為になりかねない。
でも、町の動線も重要なんだよね。なんとか、必要最低限の重要な場所だけ所有できたりしないかな? その辺りって、どうなってるんだろう?
そんなことを考えながらヘルプで確認すると、各管理権限の所有エリア、変更画面という、そのままズバリな設定が表示された。
「…………………………うん、これでいいのでは?」
動線がこんがらがらないように土地を分けなくてはいけないけれど、私の所有する土地ではそれが出来ない――なら、私の所有する土地を変更すればいいじゃない、ということ。
「……いや、そんなの、出来ると思わないじゃない?」
ズルいと思うけどやらない理由はない。私は管理メニューを操作して所有エリアを変更。所有地をセーフエリアを縦断する大通り沿いに変更した。
これで、理想に近い街造りをすることが出来ると、安堵して待つこと数日。再び、夜明けの光に護衛されたレイシャさんがやってきた。
――という訳で、セーフエリアにある小屋の中。申し訳程度に設置したテーブル席で、私とルミナリア様、それにレイシャさんが向かい合って座っている。
私はウィッグを付けて、ルミナリア様はフード付きのローブで全身を隠している。彼女が私の雇い主で、ダンジョン発見者の証を持つ人間――という設定だ。
ルミナリア様にこんなことを頼むのは申し訳ないと思ったのだけど――
「ふむ、面白そうだな」
と、二つ返事で応じてくれた。
「そちらがルミナリア様ですね。私はレイシャ。アルステリア領にある冒険者ギルドのサブマスターをしております」
「私はルミナリアだ」
フードの奥から不遜な、だけど可愛らしい声が響く。
思ったよりも高い声であることに驚いたのだろう。レイシャさんはピクリと眉を動かしたが、何事もなかったかのように「今日はよろしくお願いします」と頭を下げた。
「うむ。と言いたいところだが、交渉はすべてリシェルに任せるつもりだ。セーフエリアの管理権限が欲しいのなら、彼女と交渉しろ」
「かしこまりました。では、リシェル様、早速お話をさせてください。セーフエリアの管理権限の譲渡についてはご存じですか?」
「ええ、少し調べました」
その辺りはヘルプを見て予習済みだ。
ダンジョンの管理エリアは部分的に譲渡することが出来る。方法は簡単で、管理画面からエリアを指定して、譲渡をおこなうだけである。
「話が早くて助かります。では次に、売っていただきたいエリアですが……ルミナリア様は、セーフエリアのどの辺りを所有していらっしゃいますか?」
「それについてはこちらをご覧ください」
私はテーブルの上に手書きの見取り図を置いた。北にダンジョンの奥へ続く道があり、南にダンジョンの入り口がある。ほぼ正方形のセーフエリア。
そのど真ん中、南北を繋ぐメイン通りに、私が所有する管理エリアを書き込んだ。
「所有しているエリアは、メイン通り沿いのすべて、ですか? ……素晴らしいですね」
レイシャさんはほうっと息を吐き、しばらく考える素振りを見せた。それから、恐る恐ると言った感じで「どの程度の土地を売りに出す予定ですか?」と聞いてくる。
「大半は。と言っても、メイン通りを挟んで東側は領主様などに取引を持ちかける予定です。ですから、買うなら西側にしてください」
「……なら、反対側のすべて、というのは?」
私はその言葉に軽く目を見張った。
私の管理下にあるセーフエリアは全体の四分の一、家が百軒くらいは建つだけの土地がある。つまり、片方なら五十軒分、かなりの広さだ。
「失礼ですが、冒険者ギルドにはそれだけの資金があるのですか?」
「王都にある本部がお金を出すことになっています。それと、対価についてはこのような形で考えています。よければご確認ください」
書類を差し出され、そこに目を通す。要約すると、即金は少なめ、代わりに今後三十年において、利益の一部を支払うという内容だった。
私が欲しいのは現金ではなく、アルステリア領の発展だ。そういう意味では悪くない。ただ、いくつか確認しなければならないことはある。
「これだけの土地を、冒険者ギルドはどうするつもりですか?」
「むろん使います。冒険者ギルドの建物の他に、冒険者や商人が滞在する宿、それに倉庫やお店、使い道はいくらでもありますから」
セーフエリアはダンジョンにある。基本的には冒険者ギルドの管轄なのだ。つまり、セーフエリアの発展に、冒険者ギルドが関わってくれるということ。
必要な施設はお兄様に任せるつもりだったけど、領地の発展を優先するなら悪くない。それに、私の元には土地の半分が残っている。
たぶん、これが選べる一番いい方法だろう。
「理解しました。では、契約の詳細を確認させてください」
私が死亡した場合や、冒険者ギルドが土地を第三者に譲った場合など、細かい条件を埋めていく。そしてほどなく、契約内容は纏まった。
「では、ルミナリア様はこの条件で問題ありませんか?」
契約内容を纏めた後、レイシャさんがルミナリア様に問い掛ける。
「うむ、なんの問題もない」
「では、譲渡の契約内容を設定をお願いします」
レイシャさんがそう口にして、私はあっと思った。
譲渡の契約内容については、管理システムで設定することが出来る。ただ、管理者はルミナリア様という名目だ。ここで私が設定する訳にはいかない。
と思っていたら、ルミナリア様が虚空にウィンドウを表示させた。それからものすごい速さで指を踊らせ、契約内容を設定していく。
と言うか、管理者じゃないのにどうやって……いや、創造神だった。
「契約内容はこれで……エリアはメイン通りを挟んで西側だな。譲渡の対象は……おまえでいいのか?」
「はい。私で問題ありません。管理権限は私からギルド全体に移しますから」
「いいだろう。では、内容に問題がなければ確認ボタンを」
ルミナリア様がウィンドウをレイシャさんの方へ飛ばした。この人、私より使いこなしてる……っ。