エピソード 2ー4
『この草原には魔獣がいないみたいですね』
『信じられないが、そうっぽいな。まさか、魔獣がいないダンジョンか?』
『いえ、そのようなダンジョンは聞いたことがありません。少し進んでみましょう』
モニターの向こうで一行はそんなやり取りをした後、ダンジョンの奥へと足を勧める。荒野エリアに入るとワイバーンと接敵し、すぐに戦闘態勢に入った。
馬車を護りながらの戦闘では分散していたけれど、いまは盾役のゼインさんがワイバーンのヘイトを引き付けつつ、他の仲間に攻撃を任せている。
「……強い、わね」
さっきはいまいち分からなかったけれど、仲間で戦っている――という感じがする。個々の実力はもちろんだけど、連携してワイバーンを巧みに抑え込んでいる。
ゼインさんがワイバーンの視線を釘付けにして、他のメンバーが着実にダメージを与えていく。それを見守っていると、不意に部屋の扉がノックされた。
「ルミナリア様、入っていいですよ」
私が答えた後、一拍を置いてルミナリア様が部屋に入ってくる。彼女はモニターに映る夜明けの光の戦いに視線を向け、ほぅっと息を吐いた。
「ワイバーンか、なかなか強い敵を配置しているな」
「はい。事故が起きないように数を絞って、代わりに強めの魔獣を配置しました。ワイバーンの皮膜や魔石は高額で取引されますから」
ダンジョン産の素材は基本的に高額で取引される。
ただ、使い道の多いものほど高価になるのも事実。馬車で輸送して売りさばくことを前提に考えるのなら、単価が高い素材の方が有利なのだ。
「なるほど、領主の妹としての視点で考えているのか、面白いな」
彼女はそう言って笑うけれど……この反応は、想定外、かな?
「ルミナリア様、もしかして、あまりよくなかったですか?」
「……ん? いや、そんなことはない。てっきり、普通のダンジョンのように作り替えると思っていたから少し驚いただけだ」
「じゃあ、ダメではないです?」
「私的にはむしろ嬉しいな。こういう箱庭を創ろうと思っていたからな。だから、まあ、なんだ。お詫びという形ではあるが、私としても楽しんでいる」
ルミナリア様が微笑む。そこに嘘がないと感じ取り、私はほっと息を吐いた。
そうしてモニターに意識を戻すと、セシリアさんが攻撃魔術で畳みかけているところだった。無数の風の刃が皮膜をズタズタに裂いて、飛べなくなったワイバーンが地に落ちる。
そこからはあっという間で、すぐにワイバーンは動かなくなった。
『よっしゃーっ! ワイバーンの素材だ、剥ぎ取れ!』
『ワイバーンほどの魔獣が単体でいるとは運がいいですね』
モニターから歓声が聞こえてくる。
どうやら、冒険者サイドにも気に入ってもらえたみたいだ。彼らは周囲を警戒しながらも魔獣の素材を余さず剥ぎ取って、セーフエリアへの帰還を決定した。
「ルミナリア様、すみません。また転移をお願いしていいですか?」
「もちろんかまわない――が、毎回私に頼むのも面倒だろう。ダンジョンの管理権限で、ダンジョン内の好きな場所に転移できるようにしておいた」
「ホント、なんでもありですね。でも、嬉しいです」
私はそう言って席を立ち、ダンジョンの管理メニューから転移の項目を開く。
「ルミナリア様、行ってきます!」
「リシェル、行くのはいいが……」
ルミナリア様がなにか言いかけたけれど、私が途中で転移を選択してしまったので最後まで聞き取れなかった。
「なにを言いかけたんだろ? ……まあ、帰ってから聞けばいいか」
そう結論づけた私は、小屋の中に申し訳程度にある椅子に座って彼らの帰還を待った。ほどなくして家の扉がノックされ、私は玄関を開けた。
「リシェル様、このダンジョンはすごい――えっ」
レイシャさんが不意に目を見張った。
続けて、その横からエルフィナさんが顔を覗かせる。
「レイシャさん、どうかし――うぇぁっ」
「二人してなにを――」
「男は来るなっ!」
エルフィナさんが高速で振り返り、声の主――たぶんリオさんを突き飛ばした。そのまま、扉の向こうへ消えていくのを見送り、私は首を傾げる。
「エルフィナさん、どうしたんですか?」
「え、あ、いえ、なんでもないと思います。そ、それより、ダンジョンです。少ししか確認していませんが、採取できる素材はもちろん、魔獣の種類も最良でした」
「アルステリア領、豊かになりそうですか?」
「なります、絶対に!」
私はそれを聞いて安堵する。
胸のまえでギュッと拳を握りしめていると、レイシャさんが「それで、私達は一度街に戻りますが、リシェル様はどうなさいますか?」と言った。
「えっと、このままここに残る予定ですが……それとも、まだやることありますか?」
「いいえ、ひとまずは大丈夫です。ただ、もう一つ大事な話があります」
「セーフエリアの割譲についてですね?」
「話が早くて助かります。リシェル様――どうかアルステリア領の発展のために、冒険者ギルドにセーフエリアの一部を売ってください。決して、悪いようにはいたしません」
私をまっすぐに見つめる。
彼女の青い瞳はどこまでも澄んでいた。私欲ではなく、冒険者ギルド――ひいてはアルステリア領のためという、強く純粋な想いが伝わってくる。
だから、私の答えは一つだ。
「よろこんでと、私の依頼主は言っていました」
「本当ですか!?」
「ええ。どうか、このセーフエリアに冒険者ギルドを誘致してください」
「任せてください!」
魅力的な笑顔を浮かべたレイシャさんは、後日契約の条件を纏めてまた来ますと言って、帰って言った。それを見送った私は扉を閉めて、両手で握りこぶしを作る。
「ようやく……一歩だ」
お父様とお母様、それに私とお兄様の悲願を叶える。果てしなく遠く思えたその道の大きな一歩。それを噛みしめながら、私はルミナリア様の待つ屋敷に戻った。
そして――
「ルミナリア様。さっきなにか言いかけませんでしたか?」
「ああ、あれか。その……なんだ、この家が快適なのは分かるが、来客のときくらいはもう少しちゃんとした服を着た方がいいのではないか? と思ってな」
「――ぴっ!?」
見下ろせば、トレーナーのみというラフな格好。
レイシャさん達の反応がおかしかった理由に気付いた私は悲鳴を上げる。そうして、それに気を取られた私は、そもそもウィッグや手袋すらも忘れていることにまったく気付かなかった。
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