プロローグ
「……これが、ダンジョンマスターの権限?」
メインモニターの管理メニューに視線を走らせ、私は思わず息を呑む。そこには、ダンジョンの管理に必要な要素のすべてが集約されていた。
この権限があれば、いくらでも領地に有利なダンジョンを造ることが出来る。
この時代においての領地の評価は、近くにダンジョンがあるかどうかで決まる。
ダンジョンを擁する領地は言うに及ばず、王都とダンジョンを繋ぐ交易路も高い評価を得ることが出来る。それだけ、ダンジョンから得られる素材の価値が大きいからだ。
ゆえに、ダンジョンと無縁のアルステリア領は弱小領地とずっと馬鹿にされてきた。
お父様とお母様は、そんなアルステリア領を変えようと必死にがんばってきた。
だけど、道半ばでその一生を終えてしまった。
何者かに襲撃されたのだが、犯人は未だに分かっていない。
そうして、残されたのは幼い私とお兄様。私達は両親の意志を継ぎ、このアルステリア領を豊かにしようとがんばってきた。
なのに信じた相手に裏切られ、取引も反故にされた。
だけど、私はアルステリア領にあるダンジョンのマスターになった。領地にダンジョンが現れたというだけじゃなく、私自身がダンジョンのすべてを管理する権限を手に入れた。
それは、他の誰もなしえなかった快挙である。
魔導具を発動させるのに必要な魔石はもちろん、建築素材や様々な道具、装備を作るのに必要な素材も思いのままに産出するダンジョンにすることが出来る。いまは亡きお父様とお母様が生涯を捧げた、アルステリア領を豊かな領地にするのだって夢じゃない。
『ダンジョンもなく、交易路すらない陸の孤島になど用はありません。こちらこそ、今後の取引はお断りさせていただきます』
『俺はこれからダンジョン産の希少な素材を手にし、様々な装備を作って後世に名を残す。おまえ達はこの貧乏領地で、愚妹とともに指をくわえて見ているがいい』
そういって私達を見下した商会長やマリエス族の王子も手のひらを返すだろう。私達の前で這いつくばって、許しを請うてくるかもしれない。
……土下座する男達の顔を想像したら背筋が寒くなった。
でも、さすがにそれはないわね。
グラセッド商会はもう二度とうちと取引をしないと笑っていたし、バルサズも頼まれたってアルステリア領にはこないと断言していた。彼らにだってプライドはあるはずだ。いまさら手のひらを返すなんて、恥ずかしい真似はしないでしょう。
……しないわよね?
というか、仮に媚びを売られても絶対仲良くしたくはない。
彼らと仲直りせずとも、私には優秀な仲間達がいる。彼らが私を裏切ったとき、共に怒り、この地に留まってくれたマリエス族の王女ファリーナ。
彼女らがいるならば、私を見下した者達と向き合う必要はない。
「……必ずアルステリア領を豊かな領地にするわ」
それが私の夢だから――と座り心地のよいチェアに身を預けた。
ここは、ダンジョンの最奥にある‘草原’に建てられた屋敷の自室。一面がガラス張りになっていて、その向こうには‘森の中にある滝’が一望できる。
部屋の温度は快適に保たれ、明るさは空間ごと調整が可能な至れり尽くせりの空間。
どう考えても、王様よりも快適な生活環境だ。まさか、こんな環境をお詫びとしてもらうことになるなんて、あのときは夢にも思わなかった――と、私は過去に思いを馳せた。