第5章 できないことやらなくていい法案、可決。〜議長、逆上がり未経験〜
5話目です。
「できないなら、やらなくていい」って言われたので、制度にしました。
今日も世界は、少しずつ優しくなっていきます。
「静粛に〜っ! 本日の“できないことやらなくていい会議”を始めまーす!」
議長が机に飛び乗って叫ぶ。
この国の制度を決める場所──わがまま制度委員会。
議長の年齢は6歳。
ランドセルを背負ったまま、仁王立ち。
その前で、元裁判官、元弁護士、元体操金メダリストたちが直立して深く一礼する。
もちろん、俺もだ。
38歳、できないこと担当・庶務長。
今日も俺の仕事は──
**“子供のわがままを、制度にすること”**である。
「今日のわがままは、これ!」
議長がドンと机に叩きつけたのは、クレヨンで描かれた画用紙。
【できないこと、やらなくていい。】
委員(年齢6〜8歳)の顔が一斉に輝いた。
「さいっこう〜〜〜〜〜!!」
「わたし、さかあがりムリ〜〜!」
「てつぼう、てにまめできたもん!」
「九九、きゅうろく……だれかおしえて〜!」
──カオスである。
だが、ここではそれが正義。
「異議あり!」
俺は手を挙げて、資料を広げる。
「現行の“できるようになるべき教育指針”では、
逆上がりは小学2年生までに習得が推奨されています。
しかし、できないまま放置される児童は全体の約41.2%。
その多くが“自己否定”へとつながっており──」
「やらなきゃよくない?」
「……ですよねぇ!!」
それがこの国の原理だ。
“わがまま”こそ、最も強い論拠。
苦手でも、できなくても、それでいい。
“やりたくない”という気持ちが、制度を動かす。
「じゃあ決定〜! できないことやらなくていい法案、可決〜!」
議長はそのまま鉄棒の写真をビリビリに破いて、
「もう見なくていい」と叫んだ。
拍手が起こった。
できないままでも、認められていい。
そのことが、何より人を救うのだ。
俺はそっと議事録に記した。
わがまま第319号:「できないことやらなくていい」可決。
議長の机の脚には、ちぎれた体操服のタグが結びつけてあった。
──今日も制度が、わがまでできていく。