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IF・バッドエンド 彩られた日々

私は目が覚めると…時刻は…六時半。いつも通りの…朝…?


「私…なんで…病院に…?」


見渡すと、騒動の病室とは違う雰囲気。だけど…確かにここは病院だ。鼻にツンとくるアルコールの匂いがそう言ってる。


「…桜咲いてる。」


窓の外を見ると桜が咲いていた。明るく温かく、今自分の状況を理解できていない私に寄り添ってくれているようだった。けれど…見ているうちにその桜は不安を誘ってくる。なぜだろう。


「どうして私はここに……ってか、名前も…わかんない。」


少し冷静になってから頭を整理してみると、整理するだけの情報が欠けていることに気付いた。何もかもが思い出せなかったのだ。人間って情報量が多くても頭がパンクするけど、逆にすっからかんだとフリーズするんだな。

何か自分に関する情報はないかと病室を見渡す。カラフルなカレンダーや、やはり六時半くらいを告げてくる壁掛け時計。いくつもの花瓶に積み上げられた花束。隣の机の上には、手紙が多くあった。


「誰から何だろう。」


試しに一つ取って、書いてくれた人であろう名前を見ても、口に出してみてもピンとは来なかった。ただ宛名には流石にひっかかった。


「虹咲楓…これが私の、名前。」


確証はないが確かにそうだと言えた。つまり私は…記憶喪失。そう考えればここにいる理由もすんなり飲み込めた。大方昨日の夜か、はたまた数日前か。私は頭でも何かの要因で打ち付けて記憶が飛んでしまったのだろう。


「…少なくとも、私は状況を整理すれば立場がわかるくらい頭は良かったのかも。」


私は手に持っていた手紙を元の場所に戻す。いっぱいあるなぁ…。楓ちゃんは人気者だったみたい。


「さて、ナースコールでもしようかな。」


近くにあるであろうボタンを探し始めた辺りで、病室の扉が開いた。


「…おはよう、目が覚めたんだね。」

「はい。…えっと…あなたは?」

「あたしは君の担当医、間宮加奈子だ。よろしく。」

「よろしくお願いします…。それで、その…。」

「まぁ少し落ち着きなよ。まだ目が覚めて混乱しているんじゃないかい?ちょっとカルテ書くからそれまで待ってて。」

「…はい。」


別に混乱はしていなかったけど、まるで間宮先生がそう懇願してきているような言い方をしてくるもんだから、私は素直に従ってしまった。どうしてこの人はこんなに悲しそうな顔をして…それを私に向けてくるんだろう。

少し考えてすぐに答えは見つかった。


「もしかして…私の記憶があった頃からの知り合い…だったんですか?」


私がそう聞くと、間宮先生はあまり驚いた顔はせずカルテから顔を上げて、多分今できる精いっぱいの笑顔なんだろう。だってぎこちない。けれどそんな笑顔を向けてただ「うん、そうだよ」と答えた。すぐにまたカルテに何かを走り書きしだす。

想像より大きいリアクションがされなかったのでちょっと戸惑ってしまった。

けどなんだか見た感じ歴戦のお医者さんって気もするし、そういうことには慣れてる…のかな?

言われた通り待っていると、五分ほどで間宮先生は顔を上げた。


「よし、おしまい。それじゃ虹咲さんの現状について教えてあげようと思ってたんだけど…。なんとなくはわかってるみたいだね。」

「まぁ…はい。名前も、思い出せなかったので。」

「…あれ?でも知ってるみたいな…あぁ、手紙か。」


…今明らかに、間宮先生は目を大きく見開いていた。本当に一瞬だったから確証はないけど。


「はい。…私、元々人気者だったんですか?」

「そうみたいだよ。君の事を良く知っている人に聞いた。」

「家族…ですか?」

「うーん…家族以上の子かな?」


親友ってことかな…それとも。


「そういえばその子がそろそろ来る時間だ。」

「え、こんな朝早くから!?」


どんだけ私の事を大切に思ってくれる人なんだろう…。やはり…?

正直心象を繕っているけど…絶望からの始まりではなさそうだ。少しばかり桜の明るさを素直に受け止められた。

間宮先生は話終わったと言わんばかりに立ち上がり部屋から出ていこうとした。


「それじゃあ後の事はその子に任せるから。」

「え、あ…今後の事とか…は教えてくれないんですか。何が合って私がこうなったかとか…。」


私がそう聞いても間宮先生は振り返らず、だけど答えてはくれた。


「…その子に、任せるから。」


ただそれだけを言った、私に有無を言わせないその震えた言葉。私の不安はさらに膨れ上がったけど、私の心の中にはまだその大切に思ってくれているその子の光がさしているのは確かだった。それだけに頼り切っていた。

私も間宮先生も何も言わず、先生は部屋を出ていった。


「……良い天気。」


桜が咲いている…という事は四月ごろだろうか。もし私の通っていた学校にクラス替えがあるのなら、初めましての人も多いだろう。そんな作り出した安心に私はすり寄った。さっきの間宮先生の対応を、なかったことにするように。


それから八分くらい経って…私は運命の出会いをすることになる。

ノックの音が、三回日差しの入る気持ちの良い部屋に響いた。私は少し言い淀んでから…


「…どうぞ。」


私の言葉に反応して、扉が開く。

入ってきたのは男の子。私はその日…知ることができた。

あぁ…あれって本当に実在したんだ。フィクションの話じゃなかったんだ。

だから、そんな支える先もないような私にとってその衝撃は大きすぎて、舞い上がっちゃって。

立ち上がるほどの気力も生まれないくらい落ち込んでいたのに、そんなの忘れてしまったように私は立ち上がり。


「はじめまして、俺は…

「あ、あの!!」


倒れこむようにその男の子に走り込んで…


「わ…私と…付き合ってく…れ………。」


そこまで言ってようやく自分の行動の突飛さ、羞恥さ…そして、既視感。

その三つで頭がこんがらがって、思わず顔は真っ赤になってしまう。

初対面の人になぜ…?でもだって確かに…この胸の高鳴りは止まらない。

理由は素直に、恋だと言い切れない。

けど今の私にはこの現象を言い表す言葉を、一目惚れとしか片付けられなかった。

愛の告白の対象者は、口を噤む。


「…。」

「あ、その…はじめましててで何言ってんだって感じかもしれないんですけど。でもその…一目惚れ、で。すいませんほんとにあの………。」


そこまで言って彼が本当に何も言わないものだから、顔を見上げた。

引いたかな…。それとも喜んでくれてるかな…。なんて。

淡い期待も現実的な予想も、的中しなかった。


ただ彼は笑顔で。


「うん…ありがとう。こちらこそよろしく。僕も…君が好きだ。」


叫び出したかった。それくらい、嬉しかった。彼が手を取ってそう告げてくれる。

そんなこと、けど今の私にはその手から伝わる温もりが桜よりも暖かかった。

私が思わず立ち尽くしていると…

ぐーっとお腹が空気に似合わない音を上げる。


「あ、その…うぅ…。」

「ははっ…そうだよね、お腹空いたよね。朝ご飯一緒に食べようか。」

「感無量です…。」


恥ずかしさのあまり変なことを口走ってしまった…。だけど彼と朝ご飯を食べられる幸福感で隠すことにした。


「ど…どこで食べるの?」

「この病院、食堂があるからそこでかな。食べ終わったら…どう?遊びに行かない?俺と。」


それはまるで天使のささやき。他に選択肢のない甘い悪魔の提案。


「え、でも…私一応病人なんじゃ。」

「大丈夫。もう間宮先生には許可もらってるから。明日に精密検査するからって。」

「じゃ、じゃあ…行く!行きたい!」


彼のまるで用意していたような対応に私の頭の一部は訝しいと判断したんだろうけど、こんなの断れるわけがない。

私があまりにも子供の用に答えたからかもしれない。彼は笑ってくれた。


「よし、それじゃあまずは朝ご飯から行こうか。」

「おー!」


いきなり誰もかもに見放されたような、そんな虚ろな気持ちでいたけれど恋愛って素晴らしい、青春って偉大。もうすでに私の気持ちは幸せでいっぱいだった。

さっそく病室から出て、その食堂とやらに向かう段になって彼は立ち止まった。


「どうしたの?」

「ごめんちょっと間宮先生に頼まれていたことがあったんだ。待ってて。」


彼はそう言って私の病室に戻っていった。全く…大切なことそうなのに忘れちゃうなんて。私の好きな人はおっちょこちょいなのかもしれないな。


「…てかまだ名前も聞いてないや。」


私は他の人の邪魔にならないよう壁に寄りかかり、名前も知らない彼の事を待った。その時間すら、幸福だった。


ーーー







俺は、鞄に入れてあるマーカーペンを取り出して今日の日付…4/10に緑色の○をつける。他の日付にも同じように緑の○。他には赤の×、黄色の△。随分とカラフルだ。何気なくペラペラとめくって三月、二月とも同じようにマークでびっしりなカレンダーを見て…ため息を吐いた。もう何度彼女に告白を受けたか、もう何度彼女に帰れと吐き捨てられたか。もう何度…彼女が壊れていく様子をただ何もできず眺めていたことか。


「……今日は、俺の事が好きな…楓か。」


馬鹿だなんだと言われようが俺はそれでも…彼女の傍に居続けるんだ。



だって俺は…一途だから。


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