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「ようやく見つけたぞ、君の居場所を」
「ひええ」
マリエラが客を迎えて夢に入った瞬間、目の前にはルカ・アンドヴェーラがいた。
「きゃっ……!?」
「後ずさるな、落ち着け」
マリエラが混乱した途端に世界が歪む。ルカが強引に手を掴んでくる。
「君は、マリエラ・ニルニーシュだな」
ひっと喉の奥から声が出る。
「今日君の両親と妹に会った。君は死んでいると言われたが、君の気配が確かにニルニーシュ男爵家の屋敷には感じられた。君はあの屋敷のどこに居る?」
「し、知りません、知りません、知りません」
「は、な、し、を、き、け」
ルカはしゃがんで目の高さを合わせ、マリエラの顔を覗き込んで、子供に言い含めるように、ゆっくりと言った。
「いいか。僕は君を、決して害しない。信頼して欲しい」
「わ、私を捕まえるんですよね、その、私が、悪いことをしているから」
「別に君を捕まえはしないさ。君じゃなくて」
彼はここまで言ったところで口を塞ぎ、少し天を仰ぐ。
「……話を変える。僕と君は同じ能力者なんだ。夢に入れるんだ」
「お、お仲間の『夢食い』さんですか?」
「うん。そう思ってくれていていいよ。そして僕は君も捕まえないし、そこに転がってる男にも何もしない。ただあれはなんなのか教えて欲しい。いつも全く違う人、膝枕しては酷い夢にトリップしてるよね?」
転がる男性を指差す彼に、マリエラは答える。
「あれはお客様です。私、悪い夢を吸い込む仕事をしてて……」
「なるほどね。夢食いとは金銭を得て他人の悪夢を吸い取る仕事なのか」
「……? あなたさまも『夢食い』では?」
「厳密には少し違う。僕は夢に入れるし、君の言う『夢食い』の仕事もやろうと思えばできるだろう。ただそれを仕事にしていないからね」
よくわからないマリエラに、ルカはいくつか質問をした。
名前やいつ頃からこの仕事をしているのか。
両親や家についての話は話していいのかわからなくて喋れなくなる。
ルカは「無理して話さなくていいよ」と、それ以上聞かなかった。
「……マリエラ。最後に手を貸してもらえる?」
「はい」
マリエラは普段から客に触れているので、躊躇いなくルカに手を差し出す。
想像よりずっと柔らかく触れられて、マリエラの胸は高鳴った。
「失礼するよ」
ルカが手を繋いで手の甲にキスをすると、マリエラの体から勢いよく黒いもやが吹き出して、ルカの体に吸い込まれていく。マリエラは驚きで声も出なくなった。
「……ここまでが限界か」
ルカが手を解放する。ルカは苦しげに顔を歪めていた。
「あの、公爵令息、ご体調は……」
「大丈夫。じゃあまた来るよ。僕は君がやっていることを見ている。君を捕まえて酷い目に遭わせないのは誓うよ」
「ほ、本当ですか……?」
「君は以前僕を呪いから救ってくれた。その恩は忘れていないよ」
「では、妹と婚姻は本気で?」
「それについては、秘密」
彼は薄く微笑んだ。
その笑顔に、なぜか胸の奥がどきっとする。
はじめての感覚だった。
「とにかくしばらく、僕とのことは黙っているんだ。いいね」
「わ、わかりました」
夢から覚めた。
目の前には10年以上使い続けている、変わり映えのない寝室があった。
客を膝枕にしたまま、マリエラは呆然としていた。
◇◇◇
ルカは夢でマリエラと会うたびに、マリエラの体から黒いもやを吸い出していった。三度目ほどで、マリエラは急に匂いを感じるようになった。四度目には立って歩けるようになり、十回目になる頃には自分の置かれた現状の異常さに、ようやく気づき始めた。
そして自分がやってきた「夢食い」が罪深いことだと、実感するようになった。
マリエラが夢食いをするのは、大抵が何らかの被害者だ。
もしくは誰かに加害をした人間の、罪悪感や恐怖を夢食いした。
客の恐怖や怒り、ネガティブな感情を吸い出すことは、本当にいいことなのか。
すっきりとした顔で本当に返してよかったのか。
その先に、客の幸せはあるんだろうか。
1ヶ月も経った頃には、自分がおこなってきたことが罪だと、素直に認められるようになった。
「公爵令息さまは、私を捕まえるために接近してくださったのですよね」
最初こそ断罪の恐怖に怯えていたマリエラだが、今日はすっきりとした気持ちでルカを待っていた。
「どうか私を捕まえてください。しかるべき罪を償います」