4 ◇◇◇ルカ視点◇◇◇
男爵邸に停車した馬車からルカ・アンドヴェーラ公爵令息は降り立つ。
そして侍従に告げる。
「いいか。今日はあくまで公爵令息として訪れる。それ以外の肩書きについては忘れろ」
頭を下げる侍従に頷くと、ルカは歩を進める。
男爵邸の客間に案内され、そこに待っていたのは、やに下がった男爵家夫妻と、その二人に囲まれて座る、金髪巻毛の美しい少女。
少女はちら、とルカを見上げてはにかむように目を逸らす。
ルカは貴族令嬢のこういう態度に慣れている。
父である男爵が話を切り出した。
「わざわざお越しいただきありがとうございます。なんでも、先日の夜会でローズを目にかけてくださったそうで」
「ニルニーシュ男爵家のご令嬢は、彼女だけか?」
言葉を遮るように切り出したルカに、露骨に男爵は眉根をひくつかせる。
「ええ、我が家の子供はローズ・ニルニーシュこの子だけです」
「男爵と同じ黒髪で、夫人と同じ灰色の瞳の、色白の娘はいないのか」
「そのような子はおりません。それよりもローズとぜひ、」
ルカは言葉を止め、ローズを見る。明らかに違う。
彼女からは普通の魔力の気配しか感じられない。両親ともに凡人だ。
ルカは気持ちを切り替え、全員ににこやかな笑顔を向ける。
「失礼。誤解をしていたようだ。それではぜひローズ男爵令嬢との今後についてのお話をさせていただければと思う。また若輩者として、ご両親である男爵夫妻からもご教示願いたいことがたくさんある。よろしければぜひ、商会の成功についてお聞かせいただけないだろうか」
男爵夫妻もローズも目を輝かせ、ルカの話術に乗せられて次々と話に盛り上がった。格式高いアンドヴェーラ公爵家の者がなぜローズを見初めたのか。その理由はこのニルニーシュ男爵家の繁栄と成功に興味を持ったからに違いない。ついに貧乏没落男爵家から、国の貴族のトップクラスに入ることができたのだ。
ーールカは内心、彼らの舞い上がった様子を醒めた眼差しで見ていた。
通常の感覚ならば、こんな風に舞い上がることもない。
男爵家は爵位にも能力にも不相応に成功しているのは間違いなかった。
ルカは己の目的のためなら、実家の家名も人から好まれやすい容姿も物腰も、最大限まで利用する。
ルカはニルニーシュ男爵家の人間たちを油断させ、屋敷の中を隅々まで案内させる。調度品を褒め称えれば彼らは図に乗って、こちらが求めるまでもなく使用人が入るような裏手まで紹介してくれた。
その後ルカは馬車に戻り、屋敷の見取り図を書きながら、紹介されなかった部屋、気になる部分を徹底的に調査した。
ルカの今日の目的は、ニルニーシュ男爵家を油断させることだった。