またまた魔界ルールに嵌められた
メレディスは自身の光魔法に浄化されようとしている。体は半透明で、向こう側にある山が透けて見える。
「なんだか気分が良いんだ。このまま逝きたい」
「ダメダメ! 早く光魔法抑え込んで!」
みーちゃんもご主人様がいなくなることで気が動転しているようだ。メレディスの頭をパクッと食べた。
「みーちゃん、メッ!」
そう言うと、みーちゃんは口を開けてメレディスを解放した。ただ、メレディスは少々噛まれてしまっていた。頭から血を流している。
「もう、みーちゃん。メレディスが普通に死んじゃうよ」
俺はメレディスに治癒魔法をかけた。半透明なので効果については半信半疑だったが、頭の出血も止まって、真っ黒に焼けた両手も綺麗に治った。
「メレディス、ちゃんと抑え込んでる? 透けたままだよ」
「いや、本当に心地良いんだ。何もかも忘れて楽になりたい」
これは非常にまずい。光魔法を抑え込んだところで浄化が食い止められるかは甚だ疑問だが、何もしなければ確実にメレディスは死ぬ。そして、自動的に俺も死ぬ。
俺はメレディスが天に召されないように、必死にメレディスにしがみ付いた。
「死んだら嫌だよ。メレディスが死んじゃったら、俺どうすれば良いの? 俺、生きられないよ」
「オリヴァー、そんなに私のことを……?」
メレディスは何百年、もしかしたら何千年生きているかもしれない。だけど、俺はまだたったの十二年だ。人生これからなんだ。
「こんなことなら冒険なんてするんじゃなかった。冒険さえしなければ、メレディスにさえ出会わなければ、こんな気持ちになることも無かったのに……」
「……」
いくら俺が命乞いをしても、メレディスの浄化は進んでいく。
俺はこのままメレディスにしがみついたまま死ぬのか……。せめて仲間に囲まれながら、ノエルに見守られながら死にたかったな。最後に両親にも会いたい……。
皆のことを考えたら涙が出てきた。ボロボロボロボロ涙が出てきて止まらない。
「夫婦は苦楽を共にするんでしょ? メレディスは楽になるかもしれないけど、俺はこんな最後苦しいよ」
「そうだったな……今はまだ夫婦だもんな」
メレディスは俺を引き剥がし、涙を拭ってくれた。
「死なないでよ。お願いだから……」
「辛い思いをさせて悪かったな」
メレディスの浄化が止まったようだ。まだ半透明だが、徐々に色を取り戻している。
俺は安堵からメレディスに抱きついた。
「怖かった」
◇◇◇◇
結局、雑魚三体は闇魔法を解除して解放した。翼がないので空も飛べないし魔力もない。そんな状態でこの場に放置されれば、鬼にやられるか、逃げ回って何とか魔界に戻れるかの二択だ。いじめっ子には丁度良い制裁の下し方かもしれない。
ちなみに俺とメレディスは、みーちゃんの背に乗せてもらいながら移動している。俺が前でメレディスが後ろだ。
「みーちゃんって便利だね」
「通常はこんなことしてくれんが、汝の事を随分と気に入っているようだな」
「そっか。でもメレディスとの刻印が消えたら、みーちゃんとも会えなくなるんだね……うわ!」
やや寂しくなるなと思っていると、みーちゃんが変わった動きをしたので、振り落とされそうになった。
「大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
振り落とされそうになった俺の腰にメレディスは後ろから腕を回して支えてくれた。
「キィィ」
「ッたく、こいつわざとしてるな」
メレディスは呆れた顔でみーちゃんを見下ろした。
「わざとって。まさか、みーちゃん、俺のこと落として殺そうと……?」
「馬鹿なのか」
「馬鹿って……メレディス酷い」
俺がムスッとしていると、メレディスは俺の腰に回した手に力を加えて更に引き寄せた。完全にメレディスと密着した形になり、更には肩に顔を乗せられた。
「メレディス、近くない……?」
戸惑っていると耳元で囁かれた。
「こいつは私達が仲良くすることを望んでいるんだ。そういう精霊だからな」
「でもメレディスは女の子が好きだし、俺だって……」
「もう強がらなくても良い」
「強がる……?」
どうでも良いが、メレディスの声が色っぽすぎる。真夜中の星空の下、ムードが良すぎるからだろうか。
俺の腰に回した腕とは反対の手でメレディスは俺の手を握ってきた。驚いたが、みーちゃんは変わらず上下左右、予測できない動きをする為、抵抗はせずにされるがままになった。
メレディスはポツリポツリと色っぽい声で呟いた。
「事情も聞かず私のことを庇ってくれたり……」
メレディスは、今は一応味方だ。味方が馬鹿にされれば腹も立つ。
「私がいないと生きられないと泣きながら縋ってくれたり、汝の気持ちは十分に伝わった」
「あれは、ごめん」
今考えると自分勝手すぎたかもしれない。自分が死にたくないことしか考えていなかった。でも、そんなに根にもたなくても良いのに……。
「陛下に刻印を消さないで欲しいと必死に懇願していたのも本心だったんだな。それなのに、私はチャンスとばかりに……酷い仕打ちをして悪かったな」
メレディスの力が無くなれば逃げ切れる気がしなかったから、本心といえば本心ではあるが。
「私もここまで一途に想われて拒むことはできん」
「メレディス、何の話を……ひゃッ! メレディス、ちょっと何処に手入れてんの!?」
腰に回されていたメレディスの手が、俺のシャツの中に入ってきた。
「暴れたら落ちるぞ」
「いや、だってくすぐったいし」
「その内、気持ちよくなってくるはずだ」
「ぴゃッ!」
服の中をまさぐられながら、メレディスに耳を舐められた。
「可愛いな」
「もしかして、刻印? 刻印が疼いてるの?」
俺の刻印は疼いていないが、メレディスは疼いているのかもしれない。
「案ずるな、これは自らの意思だ」
「いやいやいや、案ずるよ。物凄い案ずるよ」
「今更恥ずかしがることはない。溺愛して欲しかったんだろう? 望みを叶えてやろうと思ってな」
「溺愛? 望み?」
「相変わらず惚けるのが上手いな。私の力を扱えるようになった所を見て欲しかったのだろう?」
メレディスが苛々していたから、闇魔法を扱えるようになった所を見せはしたが、それと今の状況はどう繋がるのだろうか。さっぱり分からない。
「それが『私を溺愛して』と同義なのも分かっていると自分で言っていたではないか」
「……は?」
俺は、また訳のわからない魔界ルールに嵌められてしまったようだ。
「だから、陛下には絶対に渡さんから安心しろ。無論あの男にも返さん。一生二人で生きていこう」
あの男とは誰のことか分からないが、メレディスはこの暑さのせいで冷静な判断が出来ずにいるに違いない。
「メレディス、早くここから出て人間界に行こう」
「そうだな。人間界に汝を無事に送り届ければ休みが十年は貰えるからな。それから思う存分愛でることにしよう」
人間界に戻るのも不安になって来た。
そうだ、こういう時は帰ってノエルの意見を聞こう。まともな意見が返ってこないノエルだが、ノエルが口にした事は全て現実になるのだ。
俺をジェラルドやリアム達とくっつけたがっているノエルの意見を聞けば、自ずとメレディスとは距離が出来るはず!
「ちょ、ズボンはやめて、本当にやめて! もうメレディス、落ちちゃうから!」
「だったら抵抗するな」




