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側近は有給休暇が欲しい

 俺が逃げたのが魔王にバレたようだ。魔界中の民にテレパシーのようなもので命が下ったらしい。


『ピンクの頭の小柄な男の子を捕らえよ』


 と。ただ、帽子のおかげでピンクの髪の毛が隠れてまだ気付かれていない。大将を含む酒場にいる者達は目の色を変えて辺りを見渡してはいるが、襲っては来ない。


 ただ、アデルだけは俺の存在を知っている。


「ごめんなさい。命令には逆らえないの」


 アデルが俺の腕を掴んだ。


「オリヴァー、私を光魔法で攻撃しなさい。私が倒れたらすぐにあの扉から人間界に行くの。良いわね」


「いや、でも……」


「あなたの敵は魔界中の民よ。一人で勝てると思ってるの? その扉は大将と私達にしか見えていないから、一度入ってしまえば追ってこないわ」


「アデル、ごめん……」


 俺が光魔法を出そうとした瞬間、誰かが俺にぶつかった。そして、ハラリと帽子が下に落ちた。


「ピンク頭……?」


「やばッ」


 酒場にいる者達の視線が一斉にこちらに向いた。


「オリヴァー、早く!」


 アデルが叫ぶと同時に、皆が俺に向かって飛びかかってきた。俺も光魔法を四方に放った。


「「「うわぁ」」」


 四方から叫び声が聞こえ、アデル含めそこにいた人は皆倒れていた。やはり魔族に光魔法は効果的なようだ。光魔法が使えて良かったと改めて思った。


「アデル、ごめんね」


 アデルの手をそっと離して、俺は人間界の入り口の扉に手をかけた。


「待て」


 この声は。


「メレディス……?」


 夜伽の途中で眠らせたり、突然満腹にさせたりと顔を合わせずらい……ではなく、今メレディスに捕まる訳にはいかない。


 後ろを振り返らずに扉の向こうに行こうとすれば、首根っこを掴まれて引き戻されてしまった。


「待てと言っているのが聞こえんのか」


「いや、だって……」


「私も一緒に行くから先々行くなと言っているのだ」


「え……? 俺を捕まえに来たんでしょ?」


 メレディスはバツが悪そうに言った。


「陛下にバレてしまってな。汝と夜伽をしようとしたことが」


「でも、まだメレディスと夫婦だから大丈夫なんでしょ?」


 自分で夫婦と言ったことが少し恥ずかしくなって、メレディスから視線を逸らした。


「問題はない。ただ、陛下がな————」


 ◇◇◇◇


 時は遡り、メレディスがアデルの魔眼で眠らされてから約一時間後。メレディスは魔王によって叩き起こされた。


『メレディスとは出来るのに我のことはあんなに拒んで、おかしいだろう。我に魅力がないというのか?』


『十分魅力的ですよ』


 魔王はメレディスをピシッと指さした。


『では、なんでこんなのに負けるのだ』


 メレディスはイラッとしたが、怒りを表には出さずに皮肉っぽく言った。


『陛下、こんなの呼ばわりは酷いですよ。陛下より私の方が魅力的なだけでしょう』


 それが更に魔王の闘志を燃やしたようだ。


『何が何でも我が良いと言わせてやるから覚悟しておれ……』


『陛下、オリヴァーをペットになさるのは、魔王女殿下の為では無かったのですか?』


『汝に負けたままで黙っていられるか。そうだ、メレディス、勝負をしようではないか』


『勝負ですか?』


 メレディスが訝しげに聞き返すと、魔王は無邪気に笑いながら言った。

 

『今から魔界中の民に、あやつを捕えるよう指示を出す。人間界に無事送り届けることが出来れば汝の勝ち。捕まれば我の勝ち。どうだ?』


『どうだと言われましても……勝敗を決めてどうするのですか? 私が勝てば、オリヴァーをペットにするのを取りやめるとでも仰るのですか?』


『それはない。グレースが悲しむからな』


『では、勝負などする必要が……』


『代わりと言っては何だが、メレディス、汝に有給休暇を与えよう。十年くらいでどうだ? 我が勝てば汝に書類整理を任せよう。そうすれば昼間もあやつを調教できる』


 メレディスは魔王の提案に乗った——。


「と、言う訳だ。だから、何が何でも人間界に戻ってもらう」


「いや、人間界には戻るけどさ、俺の状況何一つ変わってないじゃん。むしろ悪化してるし。メレディスが得することばっか」


「そんなことはない。汝も、ある程度魔力が回復したようだが、人間界へ転移するにはまだまだだ」


「だから、この扉から人間界に……」


 人間界に行く為の扉の中を覗き込むと、俺の知っている人間界とは程遠い光景が目に映った。


 さっきは気付かなかったが、火山は噴火し、溶岩が流れている。まぁ、ここまでは人間界でもあり得る事だ。しかし、赤、青、黄色の池はボコボコ沸騰しており、極め付けに、その池の周囲に数十体の鬼がウロウロしているのだ。


「ここは人間界と魔界の渡り廊下みたいなものだ。あれも陛下の命が下っているはず。一歩足を踏み入れれば襲ってくる。ついでに、あの池は千度近くあるから落ちれば即死だ」


「うわぁ……ちなみに、他の扉もここに繋がってるの?」


「扉によって中の様子は違う。ただの道だったりする所もあるが、ここからかなり遠い」


「汝の選択肢は三つだ」


 メレディスが指を三本立てた。


「一つ、この道を進む。二つ、他の入り口を目指す。三つ、朝まで逃げ切って私の魔力が完全に回復するのを待つ。二つ目、三つ目は魔界中の奴らと戦う事になるがな」


 どれも無事で帰れる気がしない……。


 悩んでいると、酒場の扉がバンッと開いた。そして、ドワーフが俺の頭を見た。


「いたぞ! こっちだ!」


 ドワーフの一言で、雪崩のようにあらゆる魔族が酒場に押し寄せて来た。扉は壊れ、その向こう側にも沢山の魔族で溢れかえっている。


「オリヴァー、どうする? 私が守ってやるから好きなの選べ」


 闇のシールドを張って、格好良く言うメレディスだが、俺の為ではなく有給休暇の為だと思うと少々腹立たしい。しかし、使えるモノは使わねば。


 シールドの外の光景をじっと見て、暫し考えた。そして、俺はメレディスの手を取った。


「この扉から行こう」

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