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刻印の疼き

 俺は今、真っ逆さまに落ちている。


 あまりにも高所から落ちているせいか、死ぬ間際だからか分からないが、落ちるスピードは思いの外ゆっくりに感じる。


 ただ、普通に恐い。一歩間違えば即死だ。


 俺は両手を下に向けて、光魔法を出す準備をした。


「……?」


 俺の横を二つの黒い何かが通り過ぎた。そして、その何かは下の方でピタッと止まった。


 地上に近付くにつれ、その何かの正体が分かった。メレディスと魔王だ。


 何であんなところに……。


 落ちているので喋れないが、俺の胸の内では、『そこどけ!』と叫んでいる。


 光魔法を出す準備は万端なのに、二人がいては放てない。いや、魔王だけなら放てる。俺は助かって運良く魔王を倒せるかもしれない。


 しかし、メレディスまでいる。メレディスが死ねば俺も死ぬ。俺の光魔法でメレディスが死ぬかは分からないが、今ある魔力の半分以上を使って光魔法を放とうとしている。万が一ということもある。


 そんなことを考えながらも時は止まってくれない。俺は手の位置を真下から、斜め下に変えた。


(よし、今だ!)


 ドガーンッ!


 光魔法を発動し、俺の体は反動で宙に浮いた。後は、下にある木が衝撃を緩和させて……くれなかった。


「ッたく、汝の嫁はお転婆にも程がある」


「陛下、助かりました。まさか軌道を変えるとは……」


 俺は魔王の腕の中にいた。


 何故こうなってしまったのか。魔王の書斎にいた時より状況が悪い。何せ、言葉通り敵の手中なのだから。


 魔王はメレディスに指示を出し始めた。


「メレディス、城の全ての窓に鉄格子を付けるよう手配をしてくれ」


「御意」


 隔離されてしまうのか。今の内に逃げ出さないと非常にまずい。


「それから、人間界への侵略を本格的に進めて行こう」


「え!? 何で!?」


 驚きのあまり魔王の腕から滑り落ちそうになったが、魔王は俺を抱え直した。そのまま落として欲しかったと思いながらも、魔王を見上げて話を聞いた。


「帰る場所が無ければ、汝は魔界にいる他無くなるだろう」


 つまり、俺のせいで人間界への侵略が決まってしまったのか?


「そんなことで人間界侵略なんて……」


「グレースは思った以上に汝を気に入っておるからな。それに、我を拒む者など汝が初めてだ。拒絶されればされる程、燃えるというものだ」


「そりゃ、男だし……魔王だし……」


「メレディスは受け入れたではないか」


「いや、受け入れては……」


「とにかく、汝が逃げ出したいなどという考えに至らぬよう、とろっとろに甘やかしてやるから安心しろ」


 そんな色っぽい顔で言われても、不安しか生まれない。そして、何故か魔王の顔がどんどん近付いてきているのは気のせいか?


「えっと……そろそろおりたいなぁ」


「刻印を消してからな」


「ちょ、近い近い。刻印消すのに何で顔が……」


 魔王が顔を近づけてくるので、俺は必死に体をのけ反らせている。


「汝の光魔法のせいで普通に消せないんだ。吸い出すしかない」


「え、吸い出すって? もしかして……」


「口からだ。メレディスと何度もやったのだろう? どうせ今晩から毎晩するんだ、腹を括れ」


「無理無理無理無理」


 魔王の唇が俺の唇に触れる寸前、どうでも良い事が口からポロッと出た。


「メレディスも魔王に口付けされながら刻印を消すのか……」


「……」


 魔王がメレディスと目を合わせて黙ってしまった。


 メレディスも若干嫌そうな顔を見せたが、魔王に言った。


「王命なら致し方ありません」


「いや、他の方法があったかもしれん。調べてくるから二人とも待っておれ。メレディス、絶対に此奴を逃すなよ」


「御意」


 俺は魔王からメレディスに受け渡された。そして、魔王は上空に羽ばたいて先程の書斎に入っていった——。


「た、助かった」


 ひとまず夫婦の刻印と俺のファーストキスは無事なようだ。


「チッ、もう少しだったのに」


「ねぇ、メレディス。このまま逃がしてくれたりなんて……」


「するわけないだろう」


 分かってはいたよ。刻印を消すチャンスをみすみす逃すはずがないのは。完全な魔力切れではないが、落ちる時に魔力を放出し過ぎてしまった。ここで戦っても勝ち目はゼロに近い。


 そこで俺はふと思い出した。メレディスは羽が弱いことを。


 俺はメレディスに思い切り抱きついた。


「な、何をしている?」


「メレディスとこうやって抱き合えるのも最後だなと思って」


 そう言いながら、俺はメレディスの大きな羽の一部を手探りで触った。


「んんッ、羽はやめんか」


 やはり、羽が弱点なのかもしれない。メレディスの力が抜けたのが分かった。


 次は、羽を思い切り引っ張ってみた。


「ぁあ……やめろ」


 引っこ抜くのは難しそうだが、メレディスの力が更に抜けていくのが分かった。どんどん地面におりている。


 よし、もう少し刺激したら、メレディスの手からは脱することが出来そうだ。そう思って、さっきより強い力で羽を引っ張った。


「ハァ……ハァ……んんッ……ハァ」


 メレディスの息遣いが荒くなっている。思った以上に効いているようだ。メレディスの力が……強まってしまった。


「何で?」


「陛下には逃すなと言われただけだからな。とにかく、場所を変えよう」


 シュッ。


 転移したのだろう。外から室内に変わった。そして、ベッドの上に押し倒された。


「メレディス……ここは?」


「私の寝室だ」


「え、メレディスの? 何で?」


「刻印が消される前に、私とやりたかったのだろう?」


「えっと……何を?」


 メレディスの寝室。そしてベッドの上。まさかとは思うが……。


「夜伽に決まっているだろう。先程から性感帯ばかりを刺激しおって、今更嫌だとは言わせんぞ」


「せ、性感帯!?」


 メレディスが羽が弱いと言っていたのはそういう意味の弱いだったのか……。


「で、でも魔王は……?」


「汝は、今はまだ私の嫁だ。故に問題はない」


「いや、問題大ありだって。俺、男だよ」


「刻印も疼いてしょうがないんだ。オリヴァー、汝も疼いているのではないのか?」


 メレディスの言う通り、俺の刻印も先程からずっと疼いている。


「それは求め合ってる証拠だ。逆らえない」


「ひゃッ」


 メレディスが俺の刻印の辺り、つまり首筋にキスをした。そのまま首筋に吸い付くようなキスをしながら、メレディスは俺のシャツのボタンを器用に一つ一つ外していく。


「ちょ、ちょっと待って」


「ああ、私も脱がないとな」


「いや、違ッ」


 俺の言葉も虚しく、メレディスは自身のシャツを脱いだ。しっかりと鍛えあげられた肢体を見ると、更に刻印の疼きを感じた。


 これはもうダメかもしれない。俺の貞操はメレディスによって奪われてしまうのか——。

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