次は魔王と
魔王の書斎で、俺は叫んだ。
「俺はメレディスを愛している! だから、この刻印は絶対に消さないで!」
俺が夫婦の刻印を消すチャンスを棒に振ってまでメレディスに愛を叫んでいるのには理由がある。
魔王が俺をペットにすると言い出したのだ。しかも、グレースまでそれに同意した。
初めこそ、刻印だけ消してもらって逃げ出せば良いと考えていた。直ぐに逃げ出せなくてもグレースの遊び相手をしていたら逃げる隙はいくらでもあると——。
『刻印消してやるから二人とも来い』
魔王に呼ばれ、俺とメレディスは魔王の前に跪いた。
魔王が俺の刻印に触れた瞬間、バチッと静電気のようなものが走った。
『貴様、もしや光魔法の使い手か?』
『えっと……はい』
『チッ。厄介だな』
もしかして、光魔法のせいで刻印が消せないのだろうか。俺の不安をメレディスが代弁した。
『陛下。光魔法があると消すのに不都合が?』
『いや、不都合なのはそっちではない。グレースだ』
『魔王女殿下ですか?』
『グレースはまだ未熟だからな』
その一言でメレディスは納得したのだろう。メレディスは黙った。
俺も何となく理解した。アデルのように魔族は光魔法が苦手なのだ。メレディスにも一度使用し、効果を発揮した。しかし、あれは完全にメレディスが油断していた……というより、一身に俺の攻撃と言う名の愛を受け止めていたから気絶しただけだ。
メレディスは、体の中で光魔法を封じることが出来るくらいだ。油断さえしなければ、光魔法に対抗する力はあるということ。要は、グレースはそこまでの能力はなく、あっさりと光魔法にやられてしまうのだろう。
魔王はグレースの方をちらりと見て、溜め息を吐いた。
『刻印は消すが、新しいものを付けさせてもらうぞ』
『新しいもの?』
俺の問いには応えず、魔王は俺の顎をクイッと持ち上げて、俺の顔をまじまじと見てきた。
『メレディス、こいつはそんなに良いのか?』
『それはもう。そこら辺の女より全然良いですよ』
『そうか。まぁ、女は飽きるほど抱いたしな。グレースの為だ』
魔王とメレディスは何の話をしているのだろうか。目をぱちぱちさせながら魔王を見ていると、ニコッと微笑まれた。
皆、分かっていると思うが、ノエルが言うように俺に関わる主要人物は顔が良いのだ。魔王も然り。
そんな顔の良い魔王に微笑まれたのだ。敵ながら照れてしまった。
『不思議だな。我の嫁になると思うと、何だか可愛く思えてきたぞ』
『か、可愛い……って、は? 嫁?』
俺はメレディスの嫁だ。いや、嫁ではないが、魔王の嫁でないことは確かだ。
『良かったな。私はもう可愛がれないが、次は陛下に可愛がってもらうと良い』
メレディスは心底残念そうな顔を俺に見せてくるが、全く意味が分からない。
『全く、鈍い嫁だな。魔王女殿下は光魔法が苦手なのだ。私は自身の中の光魔法は封じることが出来るが、オリヴァーのまでは無理だ。しかし、陛下ならその両方が可能なのだ』
『え、新たな刻印って魔王とってこと!?』
魔王は再びにっこり笑って頷いた。
『いやいや、娘がいるってことは王妃様もいるんじゃないの? 刻印つけたら他の誰とも夜伽出来ないって……』
『大丈夫だ。王妃は我の絶倫っぷりに嫌気をさして出ていってしまった。ただ、汝の言うように刻印をつけたらその相手としか夜伽ができない。故に毎日相手を頼むぞ』
『え……』
『陛下に愛でて貰えるなんて幸せ者だな』
メレディスが魔王に見えないように、ニヤリと笑った。
これではメレディスが得をするだけで、俺は何ら状況が変わらないではないか。むしろ悪化している。光魔法は使えなくなり、闇魔法も使えないかもしれない。
メレディスは刻印があるから協力してくれているが、刻印が消えれば魔王の味方だろう。日中はグレースの遊び相手で夜は魔王と夜伽……しかも毎日。
『いや、でも刻印は同意が無ければ付けられないはず』
刻印が付けられる前に逃げ出して……脳内シュミレーションをしていると、魔王は俺の顎から手を離し、今度は頬を撫でてきた。
『案ずるな。我を誰だと思っておる? 同意など無くたって付けられる』
これは終わった。戦う前から俺の人生は終わった。メレディスも俺が魔王のペットになる方が色々と都合が良いので、俺を人間界には戻してくれないだろう。
そんな中、一人で逃げ切る為には光魔法は必須だ。しかし、魔王に刻印を付けられ、封じられてしまえば逃げるのは至難の業。メレディスとの刻印を消さず、魔王らから一週間逃げ切り、自分で転移して人間界に戻ろう——。
なので、俺は刻印を消されないように必死に逃げている。
窓の近くまで来た俺は、パッと窓を開けた。
「うわッ」
三階か四階にいるのかと思ったら、地面より空の方が近いのではないかと思わせる程に高い場所だった。ここから落ちたら確実に死ぬ。それだけは分かった。
「誰が何と言おうと、俺はメレディスが良い。メレディスと夫婦じゃなくなるなら……他の人と夫婦になるくらいならここで死ぬ!」
「なッ……」
メレディスが慌てている。だって、俺が死ねばメレディスも死ぬから。
メレディスが手から黒い帯状のものを出して捕まえようとするので、光魔法で同様のものを出して対抗する。
ちなみに、無詠唱で魔法が出せるようになってからは、イメージで変幻自在に光を操れるようになったのだ。
「お父上様、わらわのペットを死なせてはなりませぬ!」
グレースがそう言うと、魔王はやや面倒臭そうに言った。
「これは王命だ。潔く我らのペットになれ」
「そうだぞ。いくら私達が愛しあっていたとしても、王命には逆らえないんだ」
いつまでこの茶番を続けなければならないのか。愛し合ってなどいないが、メレディスはどうしても誤って俺に刻印を付けたことを魔王に知られたくないらしい。
そして、俺自身、刻印を消して欲しくない理由付けにちょうど良いので愛を叫んでいる。
「メレディスの言う通りだぞ。王命に逆らうということがどういうことか分かっておるのか?」
「王命、王命って、あなたは俺の王じゃない! 逆らっても問題ない!」
威勢よく反発すれば、メレディスはうんうんと頷いた。
「確かにな……ではなく、分かってるのか? 今、汝が死ねば私も死ぬんだ」
「愛し合ってるんだから一緒に死のう。メレディス」
魔王と夫婦になってペットにされるくらいなら、死んだ方がマシだ。だが、死ぬつもりは更々ない。飛び降りて地面に叩きつけられる前に魔法で衝撃を緩和して……。
「よし!」
俺は窓に足をかけた。
「「待て!」」
魔王とメレディスに呼び止められたが、勢いに任せて俺は飛び降りた——。




