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魔王の提案

 グレースは魔王の娘の魔王女様だった。そんな魔王女様が何故か俺とメレディスの夫婦の刻印を消すよう魔王に働きかけてくれている。


「お父上様、この者らの刻印を消して下さいませ」


 魔王は足を組み、肘をつきながら観察するように俺とメレディスを交互に見て、悪戯な笑みを浮かべた。


「グレース、夫婦の刻印は相思相愛の証。二人の愛を引き裂くのは無粋というものだぞ。なぁ、二人とも?」


「いや、俺は……メレディス?」


 俺とメレディスは愛し合っておらず、刻印を消して欲しい旨を魔王に伝えようと口を開きかけたところ、メレディスに肩を抱き寄せられた。


「いくら魔王女様の頼みでも、この刻印だけは消させませんよ。私とオリヴァーは愛し合っているのですから」


「え……あ、愛!?」


 俺が顔を赤くさせながら、戸惑いを隠せないでいると、グレースはムッとして俺の手を引っ張った。


「メレディス、おまえは男であろう? 男同士が何を言うておる」


 メレディスも俺の肩にある手に力を込めて、俺を離さない。


「男同士の何が悪いのですか? 愛するのに男も女も関係ありません。私は真実の愛を知ったのです」


「メレディス……?」


 メレディスが変だ。メレディスは俺の顔が好みかもしれないが、男と分かってからは完全に恋愛対象外だ。夫婦の刻印も消したがっている。なのに何故、愛し合っているなどと嘘を吐くのだろうか。


 チラリと魔王の顔を見ると、魔王は不思議そうな顔でメレディスを見ていた。


 そこで俺はハッと気が付いた。以前メレディスが言っていた。意地の悪い魔王は俺とメレディスの関係を面白がって絶対に刻印は消してくれないだろうと。


 つまり、反対に俺達が刻印を絶対に消して欲しくないと言い張れば、刻印を消した方が面白いのでは? と、思ってくれるはず。更に、魔王は可愛い娘の願いを叶えることができて一石二鳥。


 しかし、魔王はまだ疑いの目で見ている。


「メレディス、汝は可愛らしい女が好みだっただろう? いつからそっちの趣味に走ったのだ?」

 

「私は可愛らしい顔が好きなだけです。見て下さい、この顔。何とも愛らしいでしょう?」


「まぁ、女の子みたいな顔はしておるが……」


「そんな物欲しそうな顔で見ても陛下には絶対に渡しませんよ」


「も、物欲しそうになどしておらんわ!」


 魔王がやや動揺している。メレディスのペースになってきているようだ。


 グレースも俺の腕を引きちぎるのでないかというくらい強い力で俺を引っ張った。


「まさか、お父上様まで!? こやつは勇者なのじゃ。勇者は姫を救って結婚するのじゃ。わらわと結婚するのじゃ!」


「「「は……?」」」


 グレースの言葉にそこにいる誰もが驚いた。特に魔王が驚いていた。


「何を言っておるのだ。グレースの婚約者は人間なんぞではなく、もっと強い魔族から選ばねばならん」


「嫌じゃ嫌じゃ。わらわは勇者と結婚するのじゃ。お姫様は勇者と結婚する運命なのじゃ」


 グレースが駄々っ子のように言うと、メレディスがチャンスとばかりにニヤリと笑って言った。


「我が嫁は人間界では相当な強者。私も一度気絶させられた経験があります。魔王女殿下の夫婦の刻印に変えて、殿下の力を手に入れればそれはもう最強でしょう」


「ほら、やはり勇者は強いのじゃ! わらわと結婚……」


「ですが、絶対に渡しませんよ。既に私と夫婦なのですから。なぁ、オリヴァー?」


「わらわを救い出してくれると言ったよのぉ?」


「う……」


 メレディスとグレースに言い寄られて、言葉に詰まっていると、メレディスが俺の肩に置いてある手の力を緩めて残念そうに言った。


「ですが、これが陛下や殿下の命とあらば致し方ないこと。諦めざる終えない」


 メレディスは演技が上手いな。上手く刻印を消す方向に持っていっている。


「つまり、この勇者はわらわのモノと言うことか? では、早速刻印をわらわのものに変えよう」


 俺はグレースに腕をがっしりと掴まれた。グレースはにっこり微笑み、魔王に向き直った。


「お父上様、そういうことじゃ。刻印を早く消してくださいませ」


 もしここで魔王の許可がおりれば、刻印が消える。しかし、代わりにグレースの刻印をつけられるのか?


 いや、でも夫婦の刻印は互いの同意がないとつけられない。メレディスの時は求愛してきた相手に傷を負わせることが最上級の同意の仕方だなんて知らなかったから刻印が付いた。しかし、今はそうではない。口約束は以ての外だが、負傷させなければ良いだけだ。


 俺はじっと魔王の顔を見ていると、うんざりした様子で魔王は言った。


「可愛い娘の頼みだ。二人の刻印は消してやろう」


「お父上様!」


「ただし、結婚は許さん」


「何故じゃ!」


「まぁ聞け。グレース」


 魔王は子供を宥めるようにグレースに言った。


「グレースは本当にそんな子供が好きなのか? ただの遊び相手が欲しいだけではないのか?」


 グレースは俺の方をチラリと見た。


「まぁ、もう少し大人の方が良いがのぉ。今いくつじゃ?」


「じゅう……もうすぐ十三歳」


 いつも子供扱いされるので、少し背伸びをしてみた。すると、魔王に鼻で笑われた。


「ハッ、まるで赤子ではないか。グレースはそれでも良いのか?」


 背伸びをしたはずなのに、子供以下になってしまった。それより、グレースの方が歳下だと思うのだが……。


「わらわと百三十八個も違うのか……」


「は?」


 百三十八? つまり、俺はまだ十二歳なので、グレースは百五十歳?


 俺が若干引いていると、魔王は足を組み替えて言った。


「そこで、グレースに提案がある」


「提案?」


 魔王は怪しい笑みを浮かべて俺を見た。


「そやつは我らのペットにしよう」

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