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囚われたお姫様

 ここが何処かは分からないが、だだっ広くて机や椅子も壁に装飾すら何もない部屋に俺はいる。


 窓から光が差し込んでおり、あまり怖い印象も与えない。


「メレディス、ここどこ?」


「城の中の誰も立ち寄らないところだ。それより、何故こんなところにいる? 襲撃には少々早いのではないか? 力を付けろと言っただろう? 死にたいのか?」


 メレディスに質問攻めにされて圧倒されるが、何故だろうか。至極安心する。


「襲撃しに来たんじゃないよ。ついうっかり転移しちゃったみたいで」


「うっかりでこんな所まで来られたら困る」


 メレディスは頭を掻きながら、本当に困った顔を見せた。


「ごめん……みんなの所に戻りたいけど、何故か転移できないんだ」


「人間界に転移できる程の魔力が残っていないからだ。一週間もあれば戻れるはずだ」


「え、一週間!? じゃぁ、メレディスが送ってってよ」


「無理だ」


 いつものように即答された。しかし、俺は諦めない。


「何で? メレディスなら自由に行き来出来るんでしょ?」


 俺が不安に駆られていると、メレディスは服を脱ぎ始めた。


「メレディス?」


「見ろ」


 メレディスは背中を見せてきた。その大きな背中に黒い大きな羽が生えた。


「これどうしたの?」


 その羽は片方負傷しており、根本のあたりでかろうじてくっ付いていた。痛々しい。


「今朝方、やられてしまってな。私たち悪魔はここを負傷すると、魔力が中々回復しないんだ」


「この傷が治ったら良いの?」


「まぁ、傷が完治すれば一晩寝れば魔力は回復するが、いくら再生能力が高い私でも一週間は……」


「治ったよ」


「は?」


 光魔法が苦手な悪魔でも、治癒魔法は有効らしい。傷は綺麗に治った。


 メレディスは驚いた様子で、羽をパタパタさせながら確認している。


「さすが私の嫁だ。明日にでも送り返してやろう」


「それでも明日かぁ……」


 魔界で一人とは、何とも不安だ。そして何処で何をして時間を潰せば良いのやら。


「メレディス……」


 不安げにメレディスの名前を呼びながら羽の先っぽをピッピっと引っ張ってみた。


「んんッ……」


 メレディスが小さく声をあげると共に、頬がやや赤く染まった。その顔を見ると、何故か夫婦の刻印が疼いた。


「や、やめんか。羽は敏感なんだ」


「ごめん。だけど、メレディス……」


 不安そうにメレディスを見上げれば、メレディスは俺の頭をクシャッと撫でた。


「ったく、寂しがりやの嫁だな。早めに迎えにくるから、ここでじっとしてろ」


「どのくらい?」


「日暮れまでには切り上げる。陛下は私の嫁に会いたがってるから、絶対にさっきの部屋には来るなよ」


「分かった」


「絶対だぞ。私が男と夫婦になったなんて知られたら……」


 リアムの言っていた通り、メレディスは魔王に男と夫婦になったとは報告していないようだ。しかし、先程の魔王の口振りからすると魔力で俺のこと、つまりメレディスの嫁が誰か分かるようだ。気をつけた方が良い事に変わりない。


「ここから出ずにメレディスの帰りを待ってるよ」


「良い子だ」


 再びメレディスに頭を撫でられ、メレディスはその場から消えた——。


 ◇◇◇◇


 数時間後。


「どうしよ……」


 ここから一歩も出ないと決めたのに、生理現象には勝てないようだ。


「トイレ行きたくなってきちゃった」


 メレディスが戻ってくる日暮れまでは、もう暫くありそうだ。


 俺は静かに扉を開けて顔だけヒョコッと出した。


 廊下はとても長く広い。壁には高そうな装飾があり、雰囲気はリアムの家、つまり我が国の王城とあまり変わらない印象を受ける。


 俺の勝手なイメージだが、魔界のお城ともなると常に薄暗く、雷の音が鳴り響いているイメージだった。


 俺は誰もいない廊下を警戒しながら歩いた。


「リアムの家だったら確かトイレはこういう所に……あった!」


 建築家も同じだったりするのだろうか。造りが非常に似ている。似てはいても、とても広いので気をつけないとすぐに迷子になりそうだが。


 用を済ませると、俺は再び先程の部屋に戻るため再度周囲を警戒しながら廊下を歩いた。


 コツコツ、コツコツ、コツコツ。


 足音が進行方向から聞こえて来た。しかも、早い。走っているのだろうか。


 足音は一つではなく複数聞こえる。


「魔王女殿下! お待ち下さいませ!」


 え、魔王女?


 まずい、まずい。魔王の次の次くらいに会ったらいけない人だ。


 急いで隠れようと焦れば焦るほど、どうして良いか分からなくなる。咄嗟に一番近くの部屋の扉を開いて入った。


「良かった」


 運良く、入った部屋には誰もいなかった。


 扉を背にホッと一息付いていると、突然扉が開いた。


 ガンッ!


「痛ッ!」


 後頭部を思い切り扉にぶつけ、屈んで頭を押さえた。すると、扉を開いた人物だろう、頭上から声が聞こえてきた。


「おまえは……」


「すみません、怪しいものじゃ。メレディスを待ってるだけで……」


「その格好は勇者か!? わらわを迎えに来てくれたのか!?」


「は?」


 顔を上げると、年齢はノエルと同じくらいだろうか。黄色の長い髪に黒い瞳をした、ややキツめの印象を与える少女が立っていた。キツめの印象ではあるが、とても可愛らしい。


「わらわを助けてくれ! 追われておるのじゃ!」


「もしかして魔王に捕まったの?」


「そ、そんなところじゃ。勇者なら、わらわを助け出してくれるのであろう?」


 俺もメレディスに助け出してもらう予定だが、魔王に囚われた少女を一人には出来ない。


 扉の向こうは騒がしく、複数人の足音と声が聞こえる。


「何処に行ったのでしょう」


「逃げても無駄ですよ! 早くお戻り下さい!」


「全く、魔王様に叱られるの私達なんですよ」


 俺は少女の手を取った。


「一緒に逃げよう。日暮れには俺の……」


 メレディスは俺の何だ? 仲間……でもないし。夫……とは言いたくないし。


「俺の知り合いが来てくれるから、それまで逃げ切ろう!」


「宜しく頼むぞ」


 ——今の俺は、この少女が魔王女だとはまだ知らない。

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