スランプ
リアムの見解では、ジェラルドに敵意剥き出しの黒い龍は『夫婦の刻印』が関与しているらしい。
「これ、黒いけど闇魔法の一種じゃないの?」
「まだ憶測でしかないけどね。オリヴァー、あの龍に謝罪と、メレディスを愛してるみたいなこと言ってみて」
「あ、あい……」
羞恥のあまり、顔がみるみる赤くなった。
「嘘でも良いから言ってみて」
リアムに至極真面目に言われたので、恥ずかしいが俺は黒い龍に向かって言った。
「ごめんなさい……メ、メレディスを愛してます」
俺は脱力し、その場にしゃがみ込んだ。すると、黒い龍は俺の左の首の辺りに吸い込まれるように消えた。
ジェラルドは黒い龍が消えても暫く警戒していたが、数十秒経っても出てこない為、氷のシールドを解除した。
「何だったんだ?」
リアムは自身の考えが合っていたようで満足げに言った。
「定期的な夜伽の為だけに『夫婦の刻印』を付ける意味が分からなかったんだけど、さっきので納得したよ」
「納得?」
「この刻印を付ける本来の目的は浮気防止なんだよ」
「え、浮気防止であんなの出るの!?」
「メレディスもオリヴァーに噛み付く前に言ってたでしょ。『王に横取りされる前に付けておくか』って」
言ってたかな? 殺されるとばかり思っていたからメレディスの発言など覚えていない。
「でも、教会の前で俺、ジェラルドやリアムにしがみついてメレディスに浮気を疑われたけど何も無かったよ」
「きっと本人同士がいる時は出てこないんだよ。龍に制裁を下してもらわなくても自分で対処できるから」
「なるほど」
「今回はオリヴァーがジェラルドの首筋を噛むって行為が浮気と勘違いされたんだろうね」
「だけどさ、それって……」
この先、一生メレディス以外の誰とも愛を育むことが出来ないということか……?
俺だって恋愛に興味がないわけではない。恋愛結婚か政略結婚か、それは分からないが、その相手はメレディスではなく普通に女性が良い。
刻印を消すつもりではいるが、消すことは不可能なのではないかという考えも心の隅にあったりする。
万が一にも刻印を消すことが出来なければ、最悪、本当に最悪の場合だが、愛人としてメレディスと年に一度夜伽をしながら本妻と本物の愛を育む。そんな安易な考えも、ぶち壊されてしまった。
絶望を感じていると、ノエルとショーンも青い顔をしていた。ショーンは全身黒いので、そんな気がするだけだが。
「お兄様、これは非常にまずいですわ。メレディス様もあの容姿ですから満足は出来るとは思います。しかしながら、お兄様は皆様を諦めることなんてできませんでしょう?」
「僕の呪いなんてどうでも良いから、そっちを優先的に解決しよう。でないと兄ちゃんの幸せが……」
俺と、この二人が考えていることは多少……大いに違うが、向かう先は一緒だ。
「魔王を倒して、必ず刻印の消し方を探し出す!」
「はい! そして、ハッピーエンドを迎え、皆様と幸せになりましょう!」
◇◇◇◇
今まではノエルに言われて、ただ何となくのらりくらりとその場をやり過ごしていた。しかし、初めて自分の意思で魔王に立ち向かうことを決めた。
他人に言われてやるのと自分で決めてやるのでは、随分と成長のスピードも……変わりそうになかった。
「今は光魔法を出そうとしたんだ。何で闇が出てくるんだ」
「オリヴァー、お前、光魔法も扱えなくなってきたんじゃねーか?」
「そんなはずは……」
決意表明をしてから二週間は経つが、俺は闇の球を出すことが出来るようになっただけだ。それ以上の進歩がない。むしろ、光魔法を出そうとしているのに闇魔法が発動する。いわゆるスランプ状態に陥っている。
俺はスランプなのに他三名はどんどん新しいことが出来るようになっている。
ジェラルドは無詠唱で魔法を発動出来るようになったおかげで、いつもは一つずつ詠唱しながら出していた魔法を二つ同時に出すことができるようになった。
キースも魔石入りの短剣の振り方で炎を大きくしたり小さくしたり、自在に操れるようになっている。更には魔石のおかげか、キース自身が攻撃を受けなくても、短剣が攻撃を受ければカウンターが出せるらしい。
そして、エドワードもキースの剣の真似……というわけではないが、熱い炎に対抗して、水魔法を剣に付与することに成功。今は、その水を変幻自在に操りながら、新たな戦い方を模索中。
「何で俺だけ……」
こんなことならメレディスのように闇魔法を体の奥底に封印するやり方を教えてもらえば良かった。
俺が項垂れているとノエルが肩をポンポンと撫でてくれた。
「お兄様、こういう時こそ初心に戻るべきですわ」
「ノエル……」
確かに。初心は大切だ。アイリス先生も、たまに大地に感謝の気持ちを伝えると良いと言っていた。
アイリス先生に教わったように、俺が海辺に寝転がろうとすると、ノエルは俺の服を脱がせてきた。
「え、ノエル?」
「産まれた時は皆裸ですわ! そして、ぷかぷかと羊水に浮かんでいますもの。海でそれを再現できますわ!」
「初心って、そこまで遡るの……」
俺が呆れていると、ノエルはエドワードの服に手をかけた。
「さあ、エドワード様も」
「ノエル! エドワードは……」
好きな女の子に服を脱がされたエドワードは顔が耳まで真っ赤になっている。そして、そのままカニ歩きで海に沈んでいった。
「エドワード! うわ、冷たッ!」
暖かい季節にはなったが、海の中は冷たかった。俺は光魔法を海に放つと、若干海が温かくなった。続けて闇魔法で帯状の黒いものを出してエドワードを釣り上げた。
「ゲホッ、ゲホッ」
「大丈夫?」
「うん、ありがとう。オリヴァー」
俺がエドワードと海から出ようとすれば、ノエルがにっこり笑って言った。
「お兄様、やはり初心に戻ることは大切ですわね!」
「あ……」
無意識ながら思い通りに魔法が出せた。まだまだ特訓は続くが、ノエルのおかげでスランプは脱せたかもしれない。
いつも読んで頂きありがとうございます。
これにて第四章終わりです。
今回、ヒロイン要素が多かったですが、次章からはしっかりと勇者として活躍してくれることでしょう……。
引き続き宜しくお願いします!




