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俺は男だ!

 教会の前で俺は叫んだ。


「俺は男だ!」


 恥ずかしい。あー、恥ずかしい。何故こんな真昼間の人が多いところで性別を叫ばねばならないんだ。


 それもこれも悪魔のせいだ。


 ——悪魔の存在に気付いた仲間は、俺を守るように悪魔の前に立ちはだかった。両斜め前にはキースとエドワードが。そして、俺はジェラルドにしがみついている。


『ジェラルドお兄様、もしもの時は道連れになってね』


『お前、こういう時だけ……』


 俺が上目遣いで見つめれば、ジェラルドは溜め息を吐きながら俺の肩を抱き寄せた。


『お前がノエルを必死で守る気持ちが少し分かったよ。可愛い妹の為だからな』


 きっと後ろでノエルとショーンは黄色い声をあげていることだろう。


 え? BL? そう思われても今は良い。それくらい怖いのだ。オーラのせいだろうか。光魔法も有効なことは分かっているのに、この悪魔に近付いては駄目だと本能がいっている。


 それにしても、悪魔の契約は絶対と聞くので、何が何でも俺の魂が欲しいのだろう。


 そこにいる誰もが思っていることをエドワードが代表して悪魔に言った。


『お前はベンと契約したんだろ。あいつの魂をもって行けば良いじゃないか。何でオリヴァーなんだ』


『は? あやつと契約などしておらん。私が契約したのはそこの女だ』


『は? 俺?』


 悪魔は不愉快そうな顔で俺とジェラルドを見た。


『何故、汝はよその男にしがみついている? 姦淫(かんいん)か?』


 姦淫って……浮気ってこと? 


 俺に恋人や婚約者はいないのだが……。


『まさか、ジェラルドに恋人が……?』


『そんなのいねーよ』


 俺とジェラルドが離れないでいると、悪魔は右の首筋を見せてきた。


『見てみろ』


 黒いあざ……?


 それがどうしたのだろうか。ジェラルドの顔を見ても、分からないといった様子だ。


『あ、それ!』


 エドワードは心当たりがあるようだ。


『知ってるの?』


『オリヴァーの首にあるあざと一緒。でも何で?』


 悪魔がニヤリと笑って言った。


『そんなの決まっているだろう。私と汝は夫婦(めおと)になったのだ。ちなみに、これはあざではなく夫婦(めおと)の刻印と言って歴とした契約の一種だ』


 そこいる皆が呆気に取られている。


『命は……? 魂持っていくん……だよね?』


『命? まぁ、心身共に汝は私のモノになる予定だからな。さぁ、だから早く行くぞ。世継ぎはまだかと煩いんだ』


『世継ぎ……って、俺人間なんだけど』


『突っ込むとこ、そっちじゃないだろ』


 ジェラルドに突っ込まれてしまった。


『あ、そうだった。俺は男だ!』


『は? 何を言っている。何処からどう見ても女ではないか』


 悪魔は俺を残念な子を見るような目で見てくる。


 そして、この男だ女だという言い合いは、約十分に渡って繰り返されている——。


「服を脱げば良いのか? そうしたら分かってもらえるのか? ちょっと待ってて」


 俺は服を脱ごうとするが、急ごうとすればする程、上手く脱げない。


「ちょっとジェラルド、後ろの紐解いて」


「お、おう」


 背中の紐にジェラルドが手をかけると、悪魔がペシンッとジェラルドの手を叩いた。


「何すんだよ」


「それはこちらのセリフだ。他人の伴侶の服を脱がせるなど、どういうつもりだ」


 ジェラルドと悪魔が睨み合っている。


 ちなみに、悪魔が俺を害することは無さそうなのでキースとエドワードは臨戦態勢を解いている。ある意味害されそうなのだが……。


「汝も夜伽がしたいのであれば早く言え。早速二人きりになろう」


「よ、よ……」


 俺は顔が真っ赤になった。子供にはそんな破廉恥な話は早すぎる。キースは大人だが、そんなキースですら顔が赤くなっている。


 俺はハッと気がついた。この訳のわからない状況を収集出来るのはただ一人。


「リアム。助けて」


 縋り付く対象をジェラルドからリアムに乗り換えた。


「くそ、妹が嫁いじまった……」


「君の妹は僕が大事にするよ」


 そのごっこ遊び、まだ続いてたのか。俺がジェラルドの妹になって、リアムに嫁ぐというノエルが喜びそうな設定。半ば本当になってしまうのではないかと不安でいっぱいだ。


 リアムは俺を庇うように悪魔の前に出た。


「契約というのは、互いの合意があって初めて契約したと言えるんだ。オリヴァーの合意はもらったのか?」


「ああ、しっかりとな」


「は?」


「え……? オリヴァー、どういうこと?」


 そんなの俺が知りたい。


「合意なんてしてないんだけど……サインも口約束もしてないよ」


 俺がリアムの陰から、悪魔を恐る恐る見ると、うっとりとした目で見られた。


「もう治りかけてるが、これが証拠さ」


 悪魔は腕を見せてきた。光魔法を弾けさせた時のだろう。所々に火傷のような爛れがあった。


「何故これが証拠に?」


 リアムが訝しげに聞くと、悪魔は嬉しそうに応えた。


「求婚を申し出た相手に傷をつけるなど、最上級の合意の仕方ではないか。二度目の衝撃は凄まじかったな。一身に愛を感じたぞ」


 皆の視線が俺に集まった。


 いやいやいや、俺悪くないよね? だってあれが求婚なんて知らないし、何より悪魔に魂持っていかれそうになったら攻撃するじゃん?


 心の中で訴えていると、リアムは俺に哀れみの目を向けた後、悪魔に言った。


「とにかく、オリヴァーはこんな格好してるけど、男なんだ。悪魔とは結婚出来ない」


「悪魔悪魔と、ひとくくりにするでない。私はベリアル。名はメレディスだ」


 アデルといい、悪魔はひとくくりにされるのが嫌いなようだ。しかし、見た目だけで分かる人間がいたら教えて欲しい。


 悪魔については諸説あるので、詳しい実態は良く分かっていない。俺が読んだ本には、ベリアルは確か……『人間の女性の色香に狂い、堕天した元天使。偽りと破壊の悪魔と言われる強いやつ。とにかく強い』と書いてあった気がする。


「ベリアルって魂を操れるんだね。死者を操る人のこと、ネクロマンサーって言うんだっけ?」


 俺はリアムに小さな声で話しかけていると、メレディスに聞こえていたようだ。


「ベリアルが魂を操れるのではなく、私が操れるだけだ。あの術は特殊だから魔界で扱える者も数少ない。それにしても、オリヴァーとは男みたいな名だな」


「だから男なんだってば……」


 結局リアムでも収拾をつけるのは難しかった。そんな中、ノエルが何か思いついたようだ。ニコリと笑って言った。


「そうですわ。せっかくですので————」



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