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悪魔現る

 小高い丘の上、等間隔に墓石が並んでいる。その墓の一つが掘り起こされ、棺桶が見える。


 その前には土で汚れたベンが立っており、少し離れたところに孤児が十一人、両手足を縛られた状態で横たわっている。恐らく眠らされているのだろう。何の抵抗もしていない。


 その様子を俺達はやや離れた、太くて大きな木の陰に隠れて見ている。


 既に日は沈み始め、空はオレンジ色に染まっている。


「リアムの言う通りだったね。でもあの人数、どうやって一人で連れてきたんだろう……」


 すると、エドワードが思い出したように言った。


「あー、そういえば……昨日様子を見に行った時に、ピクニックだって言って子供達を連れて出かけてたかも。あの時から計画は始まってたのか」


「でも、おかしいな……」


 リアムが木を背にしながら、真剣な表情で呟いた。


「そろそろ日も暮れるのに、どうしてあいつは帰らないんだろう……?」


「何で帰るの?」


 俺がキョトンとした顔で首を傾げながらリアムを見上げれば、頬をピンク色に染めて目を逸らされた。


「その格好でそれは……」


「ん?」


「だから……」


 リアムが言葉に詰まっていると、キースが俺とリアムの間に入ってきた。


「イチャイチャするのは帰ってからにしろよ」


「イ、イチャ……!?」


「あの男は、お前をここに連れてくる予定なんだろ? そろそろ屋敷にお前を迎えに行っても良い時間帯だってことだよ」


「確かに……」


 何故だろうかと俺も考えていると、後ろの方でヒソヒソとノエルとショーンの話し声が聞こえた。


「ねぇ、今の見た?」


「ばっちり見ましたわ! あれは間違いなく嫉妬ですわね。お兄様とリアム殿下の仲を嫉妬して間に入りましたわ!」


「兄ちゃん、中々自分から行かないから心配してたけど大丈夫そうだね」


 ノエルにも分かり合える友人が出来て良かったと喜ぶべきか……複雑な心境だ。


「あ、動いたよ。隠れて!」


 エドワードの一言で、顔を出していた俺は咄嗟に隠れて、小さい体を更に小さくした。


 ベンが帰るとすれば反対方向のはず。きっとこちらにはやってこないが、それでも手に汗を握りながら去るのを待った。


 ベンが去った後、持ってきたリヤカーに孤児を乗せ、出来るだけ村から離れた所で一晩過ごす。脳内シュミレーションはバッチリだ。


 ザッ……ザッ、ザッ……。


 え? 


 草を踏みつけるような音がこちらに向かって近づいてきている。


「リリー、いるんだろう?」


 優しい口調で俺のことを呼ぶベンの声が、すぐ近くまできていた。


 何故バレた? しかも、俺が……娘のリリーが逃げたのに、その余裕そうな声色。


 想定外の事が起きると人間はパニックに陥る。


 逃げる? 


 いや、でも今はこの前のように甘い匂いはしない。そして、こちらの戦力は四人もいる。悪魔の姿も見えないし、ベン一人なら倒せる!


 ベンの足音がピタリと止んだ。


「リリー? 出ておいで」


 俺は隣にいるキースと目を合わせると、頭をクシャッと撫でられた。


「オレが行ってくるから、ここで待ってろ」


「え、でも……」


 キースは木の陰からヒョイっと出た。


「よお」


「また貴様か。リリーをどうするつもりだ?」


 出てきたのがキースだからか、優しい口調から一変、ベンの口調は刺々しいものに変わった。


「それはこっちのセリフなんだがな。生憎、お前の探してるリリーは、ここにはいないぞ」


「……良くもそうぬけぬけと嘘が吐けるものだな。私のスキルを舐めるなよ」


 ベンのスキル……把握していなかった。


 リアムが隣で一人、納得したように小さな声でポツリと呟いた。


「まさか……だからか……」


「……?」


 俺が首を傾げてリアムを見ていると、リアムが俺の頭を優しくポンポンと撫でてきた。


「ここで決着を付けるよ。でないと、君の自由が保障されない」

 

 リアムは立ち上がり、キースに向かって叫んだ。


「そいつを今すぐに捕まえて!」


「おう、任せろ!」


 キースは威勢の良い返事をして、ベンに飛びかかった。


◇◇◇◇


「呆気なかったな」


「相手、ただの平民だもんね」


 ジェラルドと俺がベンを見下ろしながら喋っていると、ベンは俺を宥めるかのように言った。


「リリー、良い子だからこの縄を解くんだ。素直に言うことを聞けばパパも怒らないから」


「こいつ、口に氷でも突っ込んどくか?」


 そう、ベンはキースによって呆気なく捕縛された。


「でも、リアム。さっきの、俺の『自由が保障されない』ってどういう意味?」


「こいつのスキル、恐らく『追跡』だよ」


「追跡?」


「昨日オリヴァーが連れ去られた時も、どうして居場所がバレたんだろうって考えてたんだ。エドワードが見張ってた時も一切君を探す素振りが無かったのに、まるで分かってたかのように君の元に来たでしょ?」


「うん」


「つまり、何処にいても君の居場所が分かるってことなんだ。合ってる?」


 リアムがベンの目線までしゃがみ込んで答え合わせをすると、ベンは吐き捨てるように言った。


「その通りだ。だからリリーを返せ! 貴様らが何処に連れて逃げようが、この私が見つけ出す!」


 『追跡』とは、なんて恐ろしいスキルだ。失踪した人を捜し出す等、良い方面で活躍して欲しかった。


「子供たちも全員乗せたよ」


 エドワードとキースが孤児をリアカーに乗せ終えたようだ。


「よし、じゃあ戻ろっか」


「こいつはオレが運ぶぜ」


 キースがベンに触れようとしたその時——。


「そうはさせない」


 どこからともなく現れた黒髪の青年がベンの首根っこを持って消えた。


「え……?」


 何が起こっているのだろうか。皆、唖然とその場に立ち尽くしていると、シュッと俺たちの後ろにベンと青年が現れた。


「今から契約の予定だ。部外者は去れ」


「うそ……」


 つまり、こいつが——悪魔!?


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