男の目的
どうやら、俺は厄介な男に目を付けられたらしい。
ベンは女装した俺と娘のリリーを重ねている。百歩譲って重ねるだけならまだ良い。だが、その執着心が異常すぎる。
妙な薬を使って誘拐、女装姿で監禁までされている。しまいには、首輪を嵌められ、鎖で繋がれる始末。
部屋には窓もなく、時計もないので今が何時か分からない。何となく、俺が目覚めてから三、四時間は経ったと思う。なのにベンはこの部屋から出て行かず、椅子に座って俺をずっと眺めている。正直気持ちが悪い。
さて、どうやってここから逃げよう。
鎖は魔法で切れるだろうか。ベンは一瞬で気絶してくれるだろうか。攻撃方法も色々と考えてみるが、確実に脱出しなければ今よりも拘束レベルは上がるだろう。
ベンが何処かに行っている内に鎖が切れるか試したいが……。
「パパ、お仕事行かなくて大丈夫?」
普段通り喋れば怒られるだけなので、女の子のように演技をしてみる。
「リリーはそんな事心配しなくて良いんだよ」
優しく返事をされるが、出ては行かないようだ。それなら……。
「ミラに会いたいんだけど」
「今はみんな寝てるから、また後でね」
「そっか」
寝ているということは、今はまだ夜中なのだろうか。それとも、ただ嘘を吐かれているだけか。
「あ、そうだ。リリーもママに会いたいだろう?」
「ママ? ママがいるの?」
ベンは、確か二年前に妻と娘を事故で亡くしてから独り身なはず。村の人からの情報に誤りがあったのか?
「もうすぐ帰って来るんだよ。二年も離れ離れだったからね、ご馳走を作ってお祝いしないと」
「え……」
二年離れ離れ……つまりそれは、死んだベンの妻? 俺が無理矢理娘を演じさせられているように、他の誰かも被害にあっているのだろうか……。
俺は緊張した面持ちでベンを呼んだ。
「パパ」
「なんだい?」
「死んだ人は帰って来ないんだよ」
そう言った瞬間、ベンの顔が曇った。椅子に座っていたベンが俺の元まで歩いてくると、無表情でベンに見下ろされた。俺は手に汗を握りながらベンを見上げた。
「リリー」
ベンは無表情のまま右手を上にあげた。
叩かれる! そう思って身構えたが、ベンは俺の頭を優しく撫でた。表情はいつもの優しそうなベンに戻っている。
「失敗続きだったけど、パパに力を貸してくれるって人が現れたんだ。今度はきっと上手く行くよ」
「それはどういう……?」
自らベンの犠牲になりたいという志願者が現れたのだろうか。
「とにかく、今晩決行するから一緒にママのところへ行こう。パパは準備してくるから、それまでゆっくり休んでるんだよ」
ベンは俺の頭から手を離し、ゆっくりと部屋から出て行った。そして、カチャリと鍵を閉められた。
「何だったんだ……?」
良く分からないが、逃げるなら今がチャンスだ。
「聖なる光よ、対象を切る刃となれ、光刃」
詠唱すれば、鎖はシャリンと音を立てて切れた。
「案外あっさり切れたな」
首輪の鍵は無い為、そのまま付けて逃げるしかないが、外に出ればどうにでもなるだろう。
「問題は扉か……」
魔法を使えば扉は吹っ飛ぶだろう。しかし、建物自体が壊れる可能性も無きにしもあらず。近くの部屋に孤児がいて、怪我でもしたら困る。魔法は最終手段にすることにした。
俺は扉から距離を取った。呼吸を整え、扉に向かって走り、思い切り飛び蹴りを食らわ……せられなかった。
「え、え!?」
扉が突然開いたのだ。しかし、勢いは止まらない。そのまま俺は何かを蹴り飛ばした。
「痛て……」
「兄ちゃん大丈夫!?」
「キース……?」
俺が蹴りを食らわせたのはキースだった。そして、隣にはリアムとショーンの姿もあった。
「お前、そんな小さい身体でよくこんな威力の蹴りが出せるな」
「ごめん、まさかいると思わなくて。え、でも何でここに?」
「説明は後でするよ。ちょっと待ってて」
リアムは部屋の中に足を踏み入れると、すぐに本棚へと向かった。
本のタイトルを一通り眺め、目星の物が無かったのか、リアムは次に机の引き出しを漁り始めた。
「何してんの? 早く行かないとベンが戻って来ちゃうよ」
「あの男ならさっき出てったよ」
「え? そうなの?」
リアムは付箋が沢山付いている本を手に取って開いた。
「ああ、やっぱりだ」
「やっぱりって?」
「あの男、人を生き返らせようとしてる」
「え……?」
俺は先程のベンの話を思い出した。
『ママがもうすぐ帰って来る』これは別の誰かを死んだベンの妻に仕立て上げるのではなく、本物を生き返らせるという意味だったのか……。
「でも、そんなこと出来るの? 誰かが力を貸してくれるみたいな事は言ってたけど」
「力を……?」
リアムは顎に手を当てて考え始めた。
すると、廊下から誰かが走って来る音が聞こえた。
「あいつが戻って来たんじゃない!? とにかくここ出ようよ。変な薬使われたら厄介だし」
俺が一人慌てていると、キースとショーンは落ち着いた様子で言った。
「この足音は大丈夫だ」
「うん。ジェラルドとエドワードだね」
「え、分かるの?」
「野盗やってたからな。野生の感ってやつかな」
ニコッと笑うキースの後ろから、一人と一匹が言うようにジェラルドとエドワードが走って来た。
「やっぱりここだったんだ。ショーンが一緒に潜入してくれたおかげだね」
エドワードがショーンを褒めると、照れたようにショーンは後ろ足で頭を掻いた。
「それより、この屋敷、俺ら以外誰もいないぞ。もぬけの殻だ」
「え? 子供達は? みんな寝てるって聞いたけど」
「こんな昼間から全員寝ないだろ」
今は昼なのか。時間帯が分かったのは良いが、何故孤児が誰もいないのか。買い物に連れて行くにもベンが連れて出るのは二人までだ。謎は深まるばかりである。
「リアム、他にも何か分かった?」
「うん。もしかしたらだけど……ベンは悪魔と契約しようとしてるのかもしれない」
「悪魔……?」




