狂気的な態度
屋敷の食堂では、俺を含め十四人の孤児が食事の支度をしている。
俺は水の入ったコップを持ち、何もない所で躓いた。
「わっ!」
バシャッ。
「あ、ドミニクごめん。急いで着替えないと風邪引いちゃう!」
五歳の男の子、ドミニクの服は水でびしょ濡れになった。俺は無理矢理ドミニクのシャツを脱がせ、タオルで体を拭いた。その小さな体に、あざや傷は見当たらない。
そう、俺は最終確認をする為にわざとドミニクに水をこぼしたのだ。ベンから虐待を受けていないことをこの目で確かめたかったから。
「リリーお姉様、恥ずかしいよ……」
「ごめんね、お部屋で着替えよっか」
俺はドミニクと共に食堂を出て、ドミニクの部屋に入ろうとした、その時——。
「リリー、そこで何をしてるのかな?」
薄暗い廊下に、ベンがいつもの優しい笑顔を見せながら声をかけてきた。
「あ、パパ。お……私がドミニクの服濡らしちゃって、着替えを……」
ベンが上半身裸のドミニクを一瞥し、優しく言った。
「ドミニク、一人で着替えられるよね?」
「うん」
ドミニクは一人部屋に入って行った。
扉が閉まるとベンの表情が一変、険しい顔で睨まれた。
「パパ……?」
中でも外でも優しくて怒らないで有名のベンに睨まれたのだ。普通に怖い。
怯えた様にベンを見上げれば、ベンは張り付けた笑みを見せて俺の目線まで腰を屈めた。
「リリーは女の子なんだよ。女の子が男の子の部屋に入っちゃダメだよね?」
「いや、でも俺、おと……」
「リリー!」
男と言いかけると、威圧感のある声でベンに名前を呼ばれ、背筋がピンとなった。そして、ベンは再び笑みを見せながら俺に言った。
「リリーは女の子……だよね?」
「はい……パパ」
ベンは俺の頭を撫でてきた。
「分かれば良いんだよ。食事してきなさい」
「はい」
俺は食堂に向かって歩いた——。
◇◇◇◇
俺は食堂を通り過ぎて自室に戻った。そして、今あった出来事をそのままショーンに伝えた。
「ショーン、どう思う? 怖くない?」
「うーん……でも、他の子はあの男に怯えたりしてないんでしょ?」
「そうなんだよ……体に傷やあざもなかったし」
身体的虐待、心理的虐待……他にも虐待の種類は色々あるけれど、どれにも当てはまらない。当てはまるとするならば、俺に対してだけだ。
女装の強要、高圧的な態度……。
「もしかして、俺の正体バレてるのかな? だから、敢えて怖い思いをさせてるとか」
「あー、あるかもね。それか、ボクがここにいるから嫌がらせかも」
「確かに……嫌がってたもんね」
何にせよ、嫌がらせの線が強い。子供達には危害はなさそうなので、すぐにでも抜け出そう。
「兄ちゃん達には伝えてるから、もうじき迎えが来るよ」
「この格好で会うのか……」
「可愛いから良いんじゃない? 宿に戻った瞬間、四人に押し倒されたりしてね」
「はは……ないない」
何気ない会話をしていると、ショーンの尻尾がピンと立った。
「来た?」
俺が聞くと、ショーンが廊下を肉球で指しながら言った。
「うん。でも、こっちからも誰か来てるから、出るなら急いで」
「分かった」
カーテンをパッと開けると、キースが窓の近くにある木の上で待機していた。窓を開け、窓枠に足をかけると、キースはニヤリと笑った。
「お、噂には聞いてたけど可愛いな」
「もう、好きでやってるんじゃないんだから」
「ごめんごめん、行くぞ」
俺はキースに向かってジャンプした。木は揺れたがキースは俺をしっかりと抱き止め、落下することはなかった。
そのまま下におりようとしたその時——。
「貴様、リリーをどうするつもりだ!」
ベンがすごい剣幕で窓から叫んだ。
先程ショーンが感知したのはベンだったようだ。そして、ベンは俺が自ら外に出たのではなく、連れ去られているように見えているらしい。
「リリー、今助けるからな!」
ベンは窓枠に足を引っ掛けた。
「お姫様はもらって行くぜ!」
ベンが飛ぶよりも早く、キースは俺を抱き抱えたまま木から飛び降りた。
下にはジェラルドとエドワードも待機していた。そして、二人とも俺を見て絶句した。
「ジェラルド、笑うなら帰ってからにしてよ」
「お、おう」
「ノエル程じゃないけど、可愛いよ」
「エドワードも無理に褒めなくて良いから。早く行こう」
ベンが窓から叫ぶ中、俺達はその場を後にした——。
◇◇◇◇
宿に戻ると、案の定ノエルが絵を描き始めた。
「素敵ですわ。お兄様……ではなく、お姉様! ピンクのウィッグも今度購入しておきますわね。そうすれば可愛い姉妹ですわ」
「はは……そうだね。それより着替えるよ」
俺は自身の荷物を手に取って、中を漁った。
「あれ? 俺の服がない」
「ああ、そうでしたわ。もう暫くあのお屋敷に滞在すると思っておりましたので、全て洗濯して干しているところですわ。日暮れ前に干したので、まだ乾いていないかと」
「ノエル……」
わざとではないかと疑いたくなる。だって洗濯するのはいつも朝からだ。日暮れ前に洗濯などした試しがない。
「ジェラルド、服貸してよ」
「良いけど、サイズが合うか?」
「この際、何でも良いよ」
ズボンは大きすぎて脱げるので、とりあえずシャツだけ借りた。なので、下半身は下着だけだ。シャツが大きいので下着は隠れているから大丈夫だろう。
「ん? みんなどうしたの?」
皆の視線が俺に集まっている。いや、さっきも集まっていたがそれより酷い。
「なんか、エロいな」
「うん、目のやり場に困るね」
「今日、これと誰が寝る?」
如何わしい目で見られている事が判明し、俺は顔が真っ赤になった。
「もう、仕方ないじゃん! とにかく、ベンは変態だけど虐待らしいことはしてなかったから明日にでも村出るよ!」
俺の顔もバレているし、キースが誘拐犯で捕まる可能性も出てくる。早急にこの村を出なければと思っていると、バツが悪そうにキースが言った。
「悪い。レア魔石を短剣に付けてもらってて、出来上がりが明後日なんだ」
「そっか。まぁ、一日くらいなら……リアム? 虐待は無さそうだったよ?」
リアムが何やら真剣な顔で考え込んでいる。
「いや……うん、また考えすぎかも。とにかく二人とも、明日は何処にも出ないようにね」
「うん」
この時、リアムの考えていることを聞いておけば良かったと、俺は後悔することになる——。




