孤児の住む屋敷
ベンの屋敷に潜入して三日目、中はとても快適だった。三食しっかり食事は出てくるし、衣服も綺麗な物を提供された。また、子供が遊ぶ物も用意されている。
お風呂も入れるし、トイレも綺麗だ。二人部屋ではあるが、一人ひとつ専用のベッドも用意され、日々生活するには何も申し分ない。ただ一つを除いては……。
部屋に俺とショーンだけなのを確認してから、鏡を見ながらショーンに話しかけた。
「ショーン、これどう思う?」
「似合ってるよ」
「何で俺だけ……」
「俺なんて言ったら、また怒られるよ」
鏡に写る自身の姿を見ながら、俺は溜め息を吐いた。だって、鏡の中には女の子がいるのだ。
フリルがふんだんに使われた真っ白のワンピースに、いつものピンクの髪はそこにはなく、腰まである黒髪に。
——屋敷に来て早々に俺は入浴を勧められた。そして、入浴を終えて脱衣場に行くと、元々着ていた衣服はそこには無かった。
『君は今日からコレを着なさい。あと、コレをつけて、自分のことは私と呼びなさい』
『……』
俺は絶句した。
ベンが準備していた物は女性物の衣服に長い黒髪のカツラだったから。
ただ、着る物はベンの用意した女性物の衣服しかない。諦めて言う通りにした。
初めこそベンの趣味が女装をさせて、着せ替え人形にすることかと思った。しかし、他の男の子は誰も女装など強要されていない。
この屋敷の中には俺を合わせて孤児が十二人いる。女が七人、男が五人。その五人中女装を強要されているのは俺だけなのだ。しかも、自身のことを『俺』と呼べば怒られる。
「はぁ……これ、ある意味虐待だよ」
「あ、ミラが戻ってきたよ」
ショーンはさっと俺の足元に下りて丸まった。
俺の同室者は男ではなく女の子だ。この村に来てぶつかった少女のミラ。子供達の中で、俺は十歳の女の子『リリー』ということになっている。ちなみにミラは八歳だ。
ミラが部屋を見渡して聞いてきた。
「誰かいたの? 話し声が聞こえたけど」
「ううん。お……私がショーンに話しかけてただけだよ」
「そっか」
ミラは自身の机の前に座って本とノートを広げた。そして、ノートに一生懸命文字を書き写し始めた。
ミラは部屋にいる時は大抵この作業をしている。邪魔をするのは悪いなと思いながらも俺は話しかけてみた。
「ねぇ、ミラ」
「なに?」
「ここの生活どう? 辛くない?」
「慣れたら外よりマシよ。それよりさ、お姉様は文字書けるの?」
「書けるよ」
俺はミラの机のそばまで行き、ノートを覗き込んだ。
「あー、力が入りすぎかな。ペンの持ち方だけどね、こうやって……」
ミラの後ろから、ペンを持つミラの手を包み込む様に持って字の書き方を教えた。
「ね、こう持った方が綺麗に書けるでしょ?」
「本当だ! お姉様、ありがとう!」
ミラは振り返ってお礼を述べてきた。すると、そのまま俺の顔をじっと見てきた。
「ん?」
「お姉様、どこかで会ったことある?」
「あー……」
本当のことを話しても良いが……ただ、今は女装をしているし、男と同室だとバレれば変態扱いされかねない。
「気のせいじゃない? 私がこの村に来たの最近だし。それよりさ、パパってどんな人?」
「パパ? どうして?」
ミラが怪訝な顔を見せてきた。
「いや……深い意味はないよ。一緒に住んでるから知りたいなぁって」
「優しい人よ……異常な程にね。優し過ぎるから試してみたの」
「試す?」
「買い物に行った時、わざとパパから逃げてみたの。それでも全然怒らなかったわ」
きっと俺とぶつかった時だろう。あれはベンを試していただけだったようだ。
それにしても、俺は『俺』と言うだけで怒られるのにミラは怒られたことがないのか。
「ちなみに暴力とかは……?」
「ある訳ないでしょ。もしかして振るわれたの?」
「ううん。ただ聞いてみただけ」
虐待に関しては、リアムの杞憂に過ぎなかったのかもしれない。ミラだけでなく、他の子供達もベンを慕って恐怖に怯えているようには見えない。
そして、獣の様な雄叫びに関しても、この屋敷の中に獣の気配はない。
つまり、ベンは男を女装させるという変わった趣味を持ち、且つ、穴を掘るのが好きな優しい男。
今晩にも抜け出そう。そう思った時、扉がノックされた。
トントントン。
「はーい」
ミラが返事をするとベンが入ってきた。
「リリー、どうだい? みんなと馴染めそうかな?」
呼ばれ慣れないが、リリーとは俺のことだ。
「うん。みんな良い子達ばっかりだね」
「そうだろう。リリー、明日は一緒に買い物に行こう」
「あ……はい」
今晩抜け出す予定だが、とりあえず話を合わせておこう。
「お姉様、良かったね。入ったばかりは一ヶ月は外に出られないのに」
「え、そうなの?」
不思議そうにベンを見れば、バツが悪そうに笑った。
「出さない訳じゃないよ。みんな最初は不安定だけど……リリーは適応が早いから」
うっかりしていた。中に入るまでは心まで孤児になりきっていたはずなのに、中に入ってからというもの、内部調査に集中し過ぎて演技を忘れていた。他の子供達はきっと泣いたり怒ったり、情緒不安定だったに違いない。
だがしかし、忘れていたものはしょうがない。今晩抜け出す予定だし、もう会わないだろう。
「パパがとっても優しくしてくれるから。パパありがとう」
ニコリとベンに笑いかければ、ベンは一瞬固まった。そして次の瞬間、蕩けるような笑みを見せた。
「リリー、これから沢山楽しい思い出を作ろう」
ゾクッ。
いつも以上のスマイルをベンは見せただけなのに、何故か背筋が凍った。
ミラを見ても変わった様子はなく、ショーンも欠伸をして何も感じていないようだ。ベンに狂気を感じるのは俺だけか……?




