リアムの闇のひとつ
ノエルに勘違いされてしまったが、リアムが震えている理由が分かった。
——リアムの母親は国王陛下の側室だ。見目麗しく、とても優しそうな見た目をしている。我が子のリアムに対しても至極優しく接する。しかし、それは外で見せる顔。
一歩中に入ってしまえば、その優しい顔が醜く歪むのだとか。
『母上、今日はずっと一緒にいてくれるんだよね?』
『は? そんな訳ないでしょ。あんたなんか産まなければ良かった。あんたのせいで今日も笑い者よ』
『ごめんなさい。僕、良い子にするから……』
『そんな手で触らないで頂戴』
バチンッ!
『ごめんなさい……ごめんなさい……』
リアムの母は何度もリアムに暴力を振るった。
——新たにリアムの深い闇を知ってしまった。普段はそんな顔見せないが、精神的な心の傷は確かにリアムに刻み込まれている。
そして、リアムが他人と温泉に入りたくない理由だが、背中や人目に付かない場所に、酷いあざが残っているのだとか。
次に、何故今回リアムが過剰にその過去に囚われているのかというと、孤児を保護しているベンを見るとリアムの母親を思い出すようだ。
「でも、さっきの男は母上と違って普通に良い奴かも」
「もしそうなら、良い人に保護して貰って良かったね。で、終わらせれば良いよ」
「そうかな……でも、また面倒ごとになったり……」
魔法をかけたおかげで少しは落ち着いたようだが、いつになくリアムは気が小さくなっている。そんなリアムにジェラルドが言った。
「今更何言ってんだよ。面倒ごとなんていつもの事だろ?」
いつも面倒ごとを嫌がるジェラルドだが、何だかんだ付き合ってくれる。昔から良い奴なのだ。
ちなみにノエルが部屋から出ていった後、他の皆も戻ってきた。なので、リアムの話は俺だけでなく、皆で聞いた。
そして、エドワードは更にこういった事を許せない質だ。
「昼間の女の子も隙を見て逃げ出してたのかも。虐待されてるなら一刻も早く助けてあげないと」
「じゃあ、決まりだね。明日はあの男を探ろう」
「お前らがどうして各地に名を残してるのか理由が分かったよ……」
キースは呆れた顔をしている。
「キースは反対?」
「反対な訳ないだろ。その男もだけど、リアムの母親もどうにかして一泡吹かせたいな。まぁ、側室ともなるとオレらじゃ何も出来な……」
「そうでしょう、そうでしょう。ですので、今『リアム殿下成り上がり計画』の真っ最中ですわ」
「え、本気で?」
「うん……まぁ、出来たら良いなぁって……」
自信なさげに俺が言うと、キースは感心したように言った。
「さすがだな。オレに出来ることがあったら何でもするからな」
リアムの成り上がりはまだ先の話になるが、ひとまず明日はベンの身辺調査を行うことに決まった。リアムの直感が当たっていないことを祈るばかりだ——。
◇◇◇◇
ベンの居場所はすぐに見つかった。何故なら、孤児を保護している善良な民として、村中の噂になっているから。
誰に聞いてもベンを悪く言う人はいなかった。それくらい評判がとても良い。
「逆に怪しいよな」
「うん、リアムのお母さんの話を聞いた後だしね」
しかし、これだけ誰もベンを悪く言わないということは、真正面から挑んでもベンは確実に裏の顔を見せないだろう。それ程までに隙がない。
今もベンの屋敷のそばで様子を窺っているのだが、カーテンは閉め切られ、中の様子が見えない。
屋敷の周りを見回りしていたキースが戻ってきた。
「どうだった?」
「ダメだ。全然中の様子は見えない」
「そっか……」
「それにしても、平民の家とは思えない程にデカい屋敷だな。裏口まで結構距離あったぞ」
それは俺も感じていた。俺の屋敷程ではないが大きい。その疑問にリアムが応えた。
「孤児を複数人保護する人には国から援助が出るんだよ。確か、一人につきいくらかのお金と住む場所が提供されたかな」
「じゃあ、これだけ大きいってことは、それだけ孤児が……?」
「まぁ、二人三人ではないってことは確かだね」
「教会で働けば良いのにな」
「確かに……」
教会ならシスターなど、世話係もいるので個人の負担が軽くなる。
村の人の話では、ベンは二年前に妻と娘を事故で亡くし、一人で孤児の面倒を見ていると言っていた。教会に預けない理由が何かしらあるのだろう。
エドワードが屋敷を横目に見て言った。
「とりあえず、子供達が外に出てくるまで交代で見張るしかないね。まず僕が見張っとくよ」
「じゃあ、オレも。何かあった時の為に二人一組の方が良いからな」
「そうだね。二人ともお願い」
まずはエドワードとキースに見張りをしてもらうことに決まった。
◇◇◇◇
交代で見張ること三日。
今は俺とジェラルドの番。
「ダメだ。隙がない」
ベンが外出する時は扉にはしっかりと二重ロックがかけられる。扉を叩いてみるが、誰も出てこない。やっと子供達が屋敷から出たかと思えば、常にベンがそばにいて子供に話を聞くことすら出来ない。
「鍵、こじ開けるか」
「ジェラルド、不法侵入はダメだ」
「でもいつまで見張るんだよ」
「だよね……」
俺とジェラルドが途方に暮れながら見張りをしていると、リアムとノエルがやってきた。
「二人ともどうしたの?」
見張りは俺とジェラルド、エドワードとキースの二人ずつで交代しているのでリアムとノエルがここに来ることは珍しい。
「差し入れですわ」
ノエルが牛乳とチーズのパンを手渡してきた。
「ありがとう。でも、何で牛乳? もうちょっとこう……ね」
「どうしても、コレじゃなきゃダメなんだって」
リアムが呆れたようにノエルを見れば、ノエルは得意げに言った。
「張り込みと言えば、牛乳とアンパンですわ」
「アンパン……って何?」
またいつもの様にノエルからは不思議な単語が出てきた。ノエルに聞けば、至極残念そうな顔で応えた。
「とっても甘くて美味しい正義のヒーロー……ではなく、残念な事にこの世界には餡子が存在しないのです。なので、仕方なく名犬のチーズに致しましたわ」
「良くわかんないけど、ありがとう」
「そんなことより、ちょっと前の話らしいけど、村人の中で奇妙な噂が流れてたんだって」
「奇妙な噂?」
リアムがジェラルドをチラリと見て、躊躇いがちに言った。
「ベンは良い人って噂は変わりないんだけど……この屋敷から、夜になると雄叫びが聞こえてたんだって」
「またか……」
ジェラルドの顔が青くなってきた。
「でも、『聞こえてた』って過去形? それにここ三日は聞こえてないよね」
「うん、今は聞こえないらしい」
ジェラルドが胸を撫で下ろした。
「村の人は、ベンの亡くなった奥さんと娘さんの亡霊って言ってるんだけど、どうも気になるんだ」
「気になる?」
「その雄叫びが聞こえなくなったのが、ちょうど温泉が掘り当てられたくらいの時なんだ。で、その温泉を掘り当てたのが実は……」
「もしかして……」
俺達はゆっくり屋敷を見た。その瞬間、カラスがバサバサと音を立てて飛び立った。
「ベンなんだって」




