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祝福

 ルルラ村に入ると、村は活気に満ち溢れていた。人が行き交い、子供達も無邪気に走り回っている。商店では客が値切って、店主は困った顔をしている。


「オリヴァー、見ろ! 普通の村だ!」


「うん、やったね! みんな健康そうだよ!」


「ジェラルドもオリヴァーも喜び過ぎだよ」


 そういうエドワードも嬉しそうだ。


「お前らどんな村を渡り歩いたんだよ……」


「えっと、人攫いに疫病にサキュバス、そして野盗かな」


「最後のはオレか……悪かったよ」


 キースはやや落ち込んだ様子で、それをリアムは何も言わずに見ていた。


 きっとリアムは見定めているのだろう。キースを本当に信頼して良いのかどうか。しかし、これで信頼を勝ち得なければ捨て駒扱いとは……大丈夫だとは思うが、万が一そうなった時は速やかにキースを逃がさなければ。


「とにかく風呂行こうぜ、風呂!」


「あ、うん。待って」


 ドンッ!


「痛て……」


 走っていた少女とぶつかってしまった。俺は転んだ少女に手を差し伸べた。


「ごめんね、大丈夫? 怪我はない?」


 少女は俺の手と顔を交互に見るが、その手を取ることはなかった。少女は辺りを警戒するようにキョロキョロし始めた。すると、先程少女が走ってきた方から男性の声が聞こえてきた。


「おーい、ミラ。早く戻らないとみんな心配してるぞ」


 優しそうな男性の声が近付いてくると、少女は何も言わずに男性とは反対の方角へ走っていった。


「何だったんだろう……」


「おい、行くぞ」


「うん」


◇◇◇◇


 温泉は村の外れにあった。入浴中の様子が外から見えないように整備されてはいるが、屋根はなく、とても簡素なものだった。


 簡単な仕切りで男女別に分かれている様を見て、すぐにキースが胸を撫で下ろした。


「良かった。男女別だ」


 反対にノエルは肩を落とした。


「残念ですわ。ショーン様、温泉から上がったら教えて下さいませ」


「うん。分かった」


「お前ら、そんなに離れたくないのか……」


 脱衣場に入ってからも、キースはショーンがこっそり女風呂に入るのではないかと目を光らせている。


 キースに教えてあげた方が良いのだろうか。ノエルはきっと俺とその他四人の温泉でのやり取りが見たいだけだ。決してショーンと片時も離れたくない訳ではないということを。


 だが、キースはノエルとショーンの関係を勘違いして俺達のパーティーに入っている。事実を知ってしまえばパーティーを抜けると言い兼ねない。故にノエルが悲しむ。


「放っとくのが一番か……」


「どうしたの?」


「ううん。リアムは入らないの? みんなもう行っちゃったよ」


 衣服を脱がず、リアムだけ脱衣場に残っている。


「僕は宿で入るよ」


「じゃあ俺もそうしよ」


 脱ぎかけた衣服を再び着直した。


「え、オリヴァーは入っておいでよ」


「俺、他人と入るの苦手なんだよ。リアムも?」


 リアムは楽しげなジェラルド達の声が聞こえる浴場の方を物憂げな表情で見てから、眉を下げて笑った。


「うん。そんなとこ」


 本当は入りたいのだろうか……そんな風に見える。


 しかし、深入りしない方が良いやつかもしれない。友達だからって全てを話す必要はない。


 俺とリアムが脱衣場に立っていると、男性二人が話しながら入って来た。


「ベンさんもよくやりますよね。身寄りの無い子の面倒を見るなんて」


「はは、放っておけなくてね」


 この声……さっきミラという少女を探していた男性だ。


 要するに先程の少女は孤児で、このベンという男性に保護されているというわけか。見るからに優しそうな顔をしているし、良い人に保護されて良かった。


 ベンともう一人の男性が浴場に向かう後ろ姿を見て、リアムに目を向けた。


「リアム?」


 リアムは自身の体を抱きしめるようにして震えている。冷や汗もかいて、顔色も悪い。


「先に宿で休む?」


「あ、ごめん。大丈夫」


 声をかけたからか、震えは止まった。しかし、顔色は悪いままだ。


「ちょっと待ってて。みんなに伝えてくるから」


 俺は浴場に入って、温泉に隣接している宿で先に休むことを伝えてから、リアムと共にその場を後にした。


◇◇◇◇


「オリヴァー、ごめんね」


「いや、良いけど。寝てないで大丈夫?」


 リアムはベッドには横にならず、ベッドの端に座っている。


「うん。ただの立ちくらみかな」


 リアムの体調は戻ったようだが、今日はどこかおかしい。


「一人になった方が良い? 俺、隣の部屋行ってるよ」


 俺がリアムに背を向ければ、腕を掴まれた。


「行かないで……どこにも行かないで」


 リアムは弱々しく縋り付くように言ってきた。


 俺が振り返ってリアムを見ると、リアムはパッと手を離した。


「あ、ごめん。何か用事があるなら行って良いよ」


 俺はリアムの隣にストンと座って溜め息を吐いた。


「行かないよ。リアム、ちょっと目瞑ってて」


「え?」


「良いから」


 俺はリアムが目を瞑ったのを確認してから、両手を握った。


「聖なる光よ、汝に安らぎを、祝福(ブレシング)


 詠唱すれば、リアムは太陽のように暖かい光に包まれた。


「どう? 少しは楽になった?」


 リアムはゆっくり目を開いた。


「うん。何したの?」


「うーん、リアムが幸せな気持ちになれますように……みたいな? とにかく、今のリアムは一人じゃないから安心して」


「ありがとう。あったかい気持ちになれた。実はね……」


 ガチャッ。


「あら……お兄様と……これはお取り込み中でしたわね。失礼致しましたわ」


 ガチャッ。


 ノエルが入ってきたかと思えば、すぐに出ていった。


 そして今、俺はベッドの端に座ってリアムと両手を繋いで見つめ合っている。


「あー、またやってしまった……」


「オリヴァー?」

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