キースのお願い
ところ変わって俺はというと……キースの寝床にやってきた。キースに抱っこされたまま。
「普通の小屋なんだね」
「ああ、頭だからな。特別だ。地べたじゃなくて嬉しいだろ?」
「まぁ……」
しかし、ここも誰かから奪い取った小屋だと思うと許せない。そんな俺の気持ちを察したのか、キースは言った。
「安心しろ。ここは金を払って借りてるんだ」
「え?」
「金は人から奪い取ったもんだけどな」
「それは結局誰かから奪い取ったものでは……?」
「細かいことは気にすんな。とにかく入れ」
小屋の中に入ると、シンプルな机と椅子にベッドが一つある、どこにでもあるような小屋だった。
俺はキースから解放され、安堵したその時。
カチャリ。
「え?」
今、扉の鍵かけられた?
「他の奴らが入ってきたら困るからな」
キースは真剣な顔で俺にゆっくりと近付いてきた。
「え、まさか本当に……?」
キースはノエルの絵を見て、俺が男色の趣味があると思い込んでいる。だから今日から一緒に寝ることになって、俺はここに連れて来られたのだ。
「あれはノエルが、妹が勝手に描いた絵で、俺にそんな趣味はなくて……」
必死に男色の趣味はないことを訴えながら、キースの歩幅に合わせて俺は後ずさった。が、小屋は狭いのですぐに壁にぶち当たってしまった。
「う……」
キースは俺の訴えをまるで聞いていなさそうだ。まっすぐ見つめられ、そして跪いて頭を下げられた。
「え?」
何が起こっているのだろうか。
「頼む、助けてくれ!」
「えっと……」
「聖人様は何でも治せるんだろ?」
「いや、何でもは……キース病気なの? とにかく顔を上げて」
何やら事情がありそうだ。キースを立たせて顔を覗き込むと、複雑そうな顔でキースは言った。
「オレじゃない」
「じゃあ誰? 野盗の誰か?」
キースは首を横に振って、優しく名前を呼んだ。
「ショーン、出ておいで」
すると、ベッドの上の布団がモコモコと動き出した。そして、布団の中からぴょこんと一匹の猫が顔を出した。
「黒猫?」
「猫じゃない」
「うわ、猫が喋った!」
ショーンと呼ばれる猫が喋ったのだ。俺は恐る恐る猫に近付いた。
「そんなに見るな」
「ごめん。喋れるなんて……えっと、躾け方がよっぽど良いのかな……?」
「ショーンはオレの弟だ」
「は? 猫が?」
しかし、猫を我が子のように可愛がる人もいるので弟として可愛がっているのかもしれない。
「それで、ショーンはどんな病気なの? ぱっと見る感じでは怪我はしてないみたいだけど」
「人間にしてほしい」
「えっと……」
キースは愛猫を可愛がりすぎて、猫を人間にしたいと……?
「頼む! 何でもするから!」
「いや、そういう問題では……」
猫を人間にする魔法など聞いたことがない。禁術とか使えば出来るかもしれないが、俺はそんなの知らない。
「ごめんなさい!」
素直に謝罪すると、キースは悲しそうな顔を見せた。ショーンを見ると睨まれているように見える。
これは俺が悪いのか? だって出来ないものは出来ない。
キースは俺の肩をガシッと持って縋り付くように言った。
「オレが野盗だからか? オレが悪党だからショーンの呪いを解いてくれないのか?」
「えっと、野盗とか関係なく呪いなんて……え、呪い?」
『呪い』『キースの弟』『人間にしてほしい』これはつまり……。
「ショーンは元々人間……?」
「だから、そう言ってんだろ」
説明不足にも程がある。俺は猫を人間にしろと言われただけだ。
そして、今は全く関係のないことだが、ずっと気になっていることがある。俺の肩を掴んでいるキースの腕には切り傷があるのだ。
何故だろうか。相手は悪党なのに、傷を見ると無性に治したくなる。
「大地に宿る小さな命よ、我に力を、汝の傷を癒せ、治癒」
詠唱すると、白い光がキースの腕を包んだ。
「うわ、何しやがった!?」
驚きの余り、キースが俺から離れた。
「兄ちゃん、傷が治ってるよ!」
「あ、本当だ。やっぱ聖人様は何でも治せるんだよ! 魔王の呪いだってなんだって」
「え、魔王? ショーンの呪いって魔王にかけられたの?」
「だから、そう言ってんだろ」
「初耳だよ。順を追って説明してくれない?」
俺はベッドサイドに腰掛けると、キースは椅子に座ってゆっくり話し始めた。
「あれは俺がまだ冒険者になって二年目だった——」
◇◇◇◇
キースの話によると、キースは野盗の前は冒険者だったようだ。しかも二年でランクAまで登り詰め、強い冒険者パーティーだったそう。
はりきって魔物退治をしていたところ、パーティーのメンバーが『魔王を倒しに行こう!』と言い出した。ノエルみたいだ。
キース達は魔界の入り口を見つけて入ったのは良いが、魔界は魔物や魔獣だらけ。倒しても倒してもキリがなく、魔王退治は諦めて人間界に戻ろうと思ったその時、魔王が現れた。そしてキースのパーティーは返り討ちにあった。
『ここまで来てくれた礼だ』
そういって魔王が赤い宝石をキースに渡した。
『オレ達を殺さないのか?』
『殺すより面白いことが見つかったからな』
不敵に笑う魔王は、キース達を人間界に戻した。
そして、無事? 帰還したキースは魔王にもらった宝石を家に持ち帰った。ショーンがその宝石を手に取ってまじまじと見つめていると、突然魔法陣が現れてショーンは猫の姿になった。
コロンと床に落ちた宝石からは魔王の声が聞こえてきた。
『ハッハッハ、なんとも間抜けだな。素直に持ち帰るとは』
『な、お前は……ショーンに何をした!?』
『その宝石に細工をしておいただけだ。貴様の大事なモノが触れると呪いがかかるようにな』
こうしてショーンは猫の姿での生活を強いられている——。
「まさかそんなことが……」
「嘘みたいだが、本当の話だ」
リアムは魔力がないだけで『呪いの子』と呼ばれているが、ショーンこそが本物の『呪いの子』ではないか。
「事情は分かったけど、キースはどうして野盗になったの? 冒険者だったのに」
「呪いを解くには魔王を倒すのが一番だと思ってな。その為には強い武器だ」
「でも野盗にならなくても……」
「正攻法で手に入れたら時間がかかるだろ」
それは一理ある。
「そしたらな、聖人様の噂を聞いたんだ。これは魔王を倒さなくても呪いが解けるんじゃないかと思って偽聖水でおびき寄せたんだ」
俺はまんまとキースの罠に引っかかったというわけか。
「でもごめん、呪いは解けないんだ」
「そうか……じゃあ明日こっそり帰れ」
「え、良いの!?」
「皆には聖人様の聖水でボロ儲けって話にしてあるが、正直そんなことはどうでも良いからな。とにかく今日は寝ろ。連れてきて悪かったな」
キースにベッドを勧められ、半分強制的にベッドに横になった。
「キースはどこで寝るの?」
「まぁ、テキトーにするさ。良いから寝ろ」
俺はキースに強要されながら目を瞑った。




