山の中腹
翌日、俺はノエルとエドワード、ギルの四人で再び山に入った。
ジェラルドとリアムはギルの兄と共に村の中を調査中。俺の偽者が現れるかもしれないので。
「親父が付いてこられなくて悔しがってたな」
「農作業は大変だもんね、仕方ないよ」
「でも、まさかオリヴァーが噂の聖人様とはな」
「はは……」
自分では知らなかったが、俺の噂は商人らを通じて各地に広まりつつあるのだとか。
ただ、強い勇敢な勇者としてではなく、どんな病気もたちまち治す薬『聖水』を作る聖人として。
悪い噂ではないので良いが、今回のように偽者が現れて悪行を働かれると俺の名誉に傷が付く。濡れ衣を着せられ、最悪一家没落なんてことにも……。
「とにかく早く野盗を捕まえて情報を聞き出さないと」
「ところで、その野盗は何人くらいいるの?」
エドワードが問うと、ギルが指を折りながら数え始めた。
「えっと、十二、いや十三はいたかな。多分出てきてないのもいるだろうから、それ以上いると思うぞ」
「よくそんな人数、一人で立ち向かおうと思ったな」
俺より勇敢ではないか。こういうのを勇者と呼ぶのだろう。
「あ、今度はコボルトだ」
俺達の前にコボルトが現れた。
ちなみに、先程既にホーンラビットとゴブリンの群れは倒している。昨日もゴブリンの群れを倒したのに、ここには何体ゴブリンが生息しているのだろうか。
「どうする? エドワードが倒す?」
「うん。任せ……」
「なんて可愛いワンちゃんなのでしょう! 二本足で立っていますわ!」
ノエルが目をキラキラさせてコボルトを見ている。
確かに見た目は二足歩行の犬だが……コボルトは槍を持って俺達を威嚇している。
「オリヴァー」
「分かったよ。俺が倒せば良いんだろ」
エドワードはノエルが褒めた魔物は倒せない。ノエルに嫌われたくないから。
「俺だって嫌われたくないんだけどな……」
一人ボヤきながらコボルトが投げてきた槍を剣で弾き飛ばした。
コボルトは槍を投げたと同時にこちらに向かって走ってきていた。体当たりされそうになった瞬間、俺は飛び上がってコボルトの頭を軸に転回した。
地面に着地した瞬間、俺は踏み込んでコボルトの体を剣で貫いた。剣を引き抜くと、コボルトはその場に倒れた。
「聖なる光よ、汝に安らかな眠りを、冥福」
詠唱すれば、コボルトは砂のように消滅し、天に昇っていった。
剣についたコボルトの血を拭っていると、ギルが怪訝な顔で聞いてきた。
「お前ら本当にランクEなのか?」
「うん。Eにしては弱いと言いたいんだろうけど、見ろ! ちゃんとEだ」
俺は冒険者カードをギルに見せた。
「いや、Fだとは思ってねーよ。むしろ逆で、強す……」
「お兄様、エドワード様、こちらに人の足跡がありますわ」
ノエルに呼ばれて行くと、そこには複数の足跡があった。きっと今朝軽く雨が降ったので、やんだ後に誰かがここを通ったのだろう。足跡がくっきり残っていた。
その足跡は更に上に向かっていた。野盗の足跡ではないかもしれないが、何の手がかりもない今、俺達の答えは決まっている。
「上に行こうか」
「そうだね」
「でも、こっから上は魔物も強くなるぞ」
ギルが不安そうな声を出すので、俺は言った。
「リアムの代わりに今はギルを守ってあげるよ」
「……」
ギルが絶句している。
うわ、ギルに引かれた。こんなガキに守るなんて言われたくないって顔してる。
「ギル、ごめん。気にしないで……」
恥ずかしくなって謝ると、ギルが俺の手をガシッと握ってきた。
「アニキと呼ばせてくれ!」
「は?」
「オレは一生アニキに付いて行くぜ!」
「一生はちょっと……日が暮れる前には帰るし……」
俺が戸惑っているとノエルが嬉しそうに耳打ちしてきた。
「お兄様、帰ったらまた修羅場ですわね! ジェラルド様とリアム殿下がいない隙にプロポーズされるなんて……」
「え、今のってプロポーズなの?」
「だって『一生』って言っていましたわ」
「確かに……」
「オリヴァーどうしたの? 行くよ」
「あ、待って」
エドワードが先に上に向かって歩き出していたので、俺も後に続いた。
◇◇◇◇
山の中腹は更に薄暗かった。人の通りも少ないようで、人が通って自然とできる道は下の方よりも細かった。
「うわっ!」
「え、エドワード? 何かいた?」
「ううん。ごめん、何かに引っかかっただけ」
エドワードの足元を見ると……。
「うわ、これ骨じゃない?」
「うそ、何の骨?」
「こちらに人の頭のような髑髏も落ちていますわ」
ノエルが髑髏を指差していると、落ちている骨が一斉にカタカタカタカタと動き始めた。と、同時に腕をガシッと何かに掴まれた。
「わっ! 何なに?」
「ご、ごめん」
エドワードが俺の腕を掴んでいた。
そうだった。サキュバスの時は強がっていたが、エドワードも怖い話系は苦手なんだった。
俺達がそこに立ち尽くしていると、バラバラだった骨が一体の人型の骸骨になった。しかも立っている。
「お兄様、これはスケルトンですわね!」
「ノエル怖くないの?」
ギルもエドワードも俺の後ろにいるが、ノエルだけ平然とそこに立っている。俺も流石に今回は怖い。
「だって、お兄様がいますもの」
嬉しい。嬉しいが……。
「ノエル、危ない!」
スケルトンがボロボロの剣をノエルに向かって振り下ろした。




