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サキュバス退治② 囮

 宿の一室で真昼間からエドワードが一人眠っている。


「こんなので本当に来るのか? 村の男の人を見張った方が良くないか?」


「でもアデルが言ってただろ? 例のサキュバスは顔の良い男がタイプだって」


 そう、サキュバスを捕まえるにしても探すところから始まる。そこで囮役に選ばれたのがジェラルド、リアム、エドワードの三人だ。


『サキュバスも無作為に男を選んでるわけじゃないのよ。特にあの女はね、顔の良い男が何よりの大好物。オリヴァーは、申し訳ないけど……』


『分かってるよ』


 子供と言いたいのだろう。顔以前に対象外だ。


 そして、俺はアデルのその言葉で納得した。ノエルも然り。


『では、ここで寝ていればその内向こうからやってくるというわけですわね』


 だが、当の本人達はキョトンとした顔で口々に言った。


『え? なんで?』


『寝てたら時間の無駄だよ』


『そうだよ。顔の整った人の目星をつけに行こう』


『三人共それ本気で言ってんの……?』


 自分の顔を鏡で見たことがないのだろうか。その容姿を鼻にかけないところは素晴らしいと思うが、少しは自覚した方が良いと思う。


 そして、三人一緒に寝る必要もないので八時間ずつ分担してもらうことにした。


 ——そんなこんなで、まずはエドワードがアデルの魔眼で眠らされている。


 そして今、俺はというと……人が入れそうな大きさのワードローブを借りて、ジェラルドと共にその中で待機中。リアムとノエルとアデルは隣の部屋だ。


「別にジェラルドは隣の部屋で待ってても良かったのに。サキュバス来たら呼ぶからさ」


「ノエルが一緒に入れってうるさいんだよ」


「ノエル……」


「それに、呼ぶ前にお前に何かあったらどうするんだよ。エドワードも寝てるのに。それよりさ、どうしてお前だけ囮役しないんだよ。ずるいだろ」


「小さいからな……。それにほら、見てみろ。顔の作りも三人と全然違うだろ」


 外が明るいので、ワードローブの中は隙間から少しだけ光が入って相手の顔は見える。


 ただ、ワードローブの中は言わずもがな狭い。ジェラルドが座り、その上に俺が座っている。自然とジェラルドの腕は俺のお腹に回り、まるで後ろから抱きしめられているようなそんな構図だ。


 そんな状態で顔を見ろと言ったのが間違いだった。顔だけ振り返れば、顎をクイッと持ちあげられ、ジェラルドも俺の顔を覗き込んできた。


 物凄い至近距離で見つめ合うこと十秒。顎に置かれたジェラルドの手から解放され、前を向いた。


 恋に落ちるかと思った……。


「可愛い顔してたぞ」


「ば、馬鹿ッ! 耳元で囁くな」


 耳元で囁かれ、体がゾワッとして、顔が耳まで真っ赤になった。


「ほら、静かにしないとサキュバス来ないぞ」


「誰のせいだと……」


 この調子で残り六時間、サキュバスが現れることはなかった——。


 そして、休憩を挟んで次はリアムが囮役。ワードローブは狭いので俺と誰かしか入れない。故に、俺とエドワードが中で待機。


「長時間疲れたでしょ? サキュバス来たら起こしてあげるから少し仮眠したら?」


「いや、でも……」


 有無を言わさず、エドワードは俺の頭を自身の胸板にくっつけた。そして、髪を梳くように撫でられた。


「カリーヌはこうやって撫でてやるとすぐに寝るんだ」


「そっか」


 確かに気持ち良い。このままずっとこの手に撫でられていたいようなそんな心地良さだ。目を瞑っていると、あっという間に眠気が襲ってきた。そして、そのままエドワードの胸に縋って仮眠した——。


◇◇◇◇


「んん……」


 良く寝た。目の前は真っ暗なのでまだ夜中かと思って再び寝ようと目を瞑った。


「起きた?」


「え?」


 頭の上の方からエドワードの声が聞こえて驚いた。しかもここはエドワードの膝の上だ。


 そういえばサキュバスが来るのを待っているところだった。一度寝ると状況を把握するのに時間がかかるから困る。


 コツコツ……コツコツ……。


 ヒールの音が聞こえてきた。同時にエドワードの体も強張ったのが分かった。


 暗くて隙間からは何も見えないが、きっとサキュバスに違いない。


「この村にまだこんな子が残っていたなんてね。今日は良い夢が見られそうね」


 ガコン、バタン。


「な、なに?」


 なんてこった、ワードローブから格好良く出ようとしたが上手く扉が開かない。


「後で弁償しよう」


 エドワードがそう言って、片手で思い切り扉を叩き割った。


「さ、さすがエドワード」


 爽やかな見た目に似合わず、ヒューゴの特訓の成果で腕力は人一倍あるエドワード。訓練場でエドワードに腕相撲で勝てる奴はいない。


 エドワードが近くにあった照明をパッとつけると、そこにはアデルとは違った角の大きなサキュバスがいた。しかも下着姿のような格好で、露出部分が多い。エロすぎる。


「エドワード、大丈夫か?」


「うん……」


 エドワードが鼻から血を流している。


「あら、こっちにも良い男。でも、眠ってないからまた今度ね。今日の獲物はこっちの男よ」


 サキュバスがリアムに向き直ったので、素早くリアムを庇う形でサキュバスの前に立ちはだかった。


「これ以上近づくな!」


「子供に用はないのよ。あっちに行ってなさい」


「なっ……」


 また子供扱い。いや、子供だけどさ。リアムも同い年なんだけど。なんでリアムは良くて俺は駄目なんだ。


 軽く凹んでいると、扉からアデルが入ってきた。その後ろにはジェラルドと、ついでにノエルもいる。


「ベラ、そこまでよ」


 ベラと呼ばれたサキュバスはアデルを怪訝そうな顔で見た。


「アデル? あなたもこの子を狙いに来たの? いや、まさかね。あなたにはこの子を満足させてあげられないものね」


「な、そんなこと……。それよりも、こんなところで戦闘になったらサキュバスの沽券に関わるでしょ? 外に行きましょう」


 サキュバスは己の存在を気付かれぬように精気を奪うことを美としているらしい。故に村の中、ましてや建物の中での戦闘を嫌う。


「分かったわ。だけど、果たしてその子は持つかしらね」


 ベラが妖艶な笑みを浮かべた。リアムを見ると、黒いモヤが全身を覆っていた。


「まさか既に夢を!?」


「あたしくらいになれば、近付かなくても大丈夫なのよ。せいぜい頑張って起こすことね」


 ベラは窓から飛び立った。アデルも窓に近づき振り向き様に言った。


「その子には悪いことしたわね。私は先に行ってるからあなた達は後から来なさい。一応、とどめは刺さずに待っといてあげるから」


 そして、アデルも飛び立った。


「俺がリアム起こして治しとくから、ジェラルドとエドワードは二人を追って!」


「了解!」


「頼んだよ!」


 ここまでは計画通り。違うとすればリアムがベラに夢を見せられていることくらいだ。


 さて、戦いの行方は如何に? 俺は魔界行きを阻止できるのだろうか。

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