怪現象④ すすり泣く理由
サキュバス、その名前を聞いてこのミミック村の怪現象の謎が解けた。
サキュバスは夢を介して男性を誘惑する。淫らな夢を見せ、心身に失調を起こす程の快楽を与えるのだとか。見た目もその人の好みの女性の姿で現れ、モテない男には願ったり叶ったりな悪魔だと以前読んだ本に書いてあった。
皆が口々に言っていた良い夢とはそういう……? そして、今現在エドワードは夢の中で……。
俺は顔がみるみる赤くなった。ノエルも同様の見解に行きついたのだろう。両手を頬に当てながら顔を赤らめている。
良い夢ならそのまま邪魔をしない方が良いのだろうか。後から光魔法を施せば元には戻るし……。
「でも、エドワードは何で急に眠ったんだ? 人が眠ってから夢で誘惑するんじゃなかったっけ?」
「知りたい?」
サキュバスは闇のベールを纏いながら俺にゆっくり近づいてきた。
「え、まさかお兄様まで……キャッ」
キャッて何だ? 何でそんな嬉しそうなんだノエル。
サキュバスが妖艶な笑みを見せながら目の前までやってきたので、冷や汗を流しながら一歩後ずさると、呆れた顔でサキュバスは言った。
「大丈夫よ。子供には手を出さないから。催眠の方法を教えてあげるだけ」
「また、子供って……」
エドワードは一つ年上なだけだ。大して変わらない。それに昨日なんてジェラルドまで被害に遭っている。同い年なのに……。
サキュバスに手を出された方が良いのか悪いのか、複雑な心境だ。
そんなことを考えていると、サキュバスの金色の瞳に片方だけ魔法陣のような模様が浮かび上がった。
その瞳に魅入られてじーっと見つめていると、サキュバスもじっと見つめてきた。見つめ合うこと十秒。
十秒見つめ合うと、人は恋に落ちるとノエルは言っていた。まさか、こうやってわざわざ恋に落としてから夢の中で……?
「あら? あなたどうして術にかからないの?」
俺の考えは違ったようだ。サキュバスは戸惑いながら俺のやや斜め後ろにいるノエルを見た。
「ノエル!?」
急にノエルは脱力し、ふらっと倒れそうになったので体を支えた。エドワード同様に眠っているようだ。
「良かった。魔眼がおかしかったわけじゃないようね」
「魔眼?」
「この眼を見た人は一瞬で眠りに落ちるのよ」
何故俺は眠らないのだろうか。だが、それよりも……。
「ノエルに何かしたら許さない」
サキュバスを睨みつけると再び呆れた顔で言われた。
「女にも手は出さないわよ。眠ってるだけ」
「そうか」
女の子を地べたに寝かせるわけにもいかないので、俺はノエルをそっと壁際に座らせ、そのまま壁に寄りかからせた。
俺はサキュバスに向き直り、再び臨戦態勢をとった。
「村の人達にもう手を出すな。これ以上手を出すならここで倒す!」
「あれは私じゃないわ」
「え? で、でも昨日の二人の状態は村の人と同じで」
「そりゃ、同種族がやったからに決まってるでしょ。あの女腹立つのよね」
村の異変と、このサキュバスに関係がないのなら俺達の任務はここで終了だ。いや違うか。
「すすり泣いていたのは何故?」
サキュバスに今までの余裕はなくなり、慌て始めた。
「え、聞かれちゃってたの?」
「夜になると女性のすすり泣く声が聞こえるって村中の噂だ」
「うわー、恥ずかしい。もうここに居座れないじゃない」
サキュバスは顔を真っ赤にさせている。触れちゃいけないプライベートなことかもしれない。調査依頼の為と思って聞いたが、無理に踏み込むのも可哀想だ。
「村のことと関係ないなら、もう帰るよ。エドワードを返し……」
「実はね、私、淫らな夢が見せられないのよ」
「は?」
「サキュバスは夢の中で、その、えっと……」
サキュバスは恥じらって続きを言えないでいる。
「と、とにかく、夢の中でそういうことをするんだけど、私出来なくて、さっき言ってた村を騒がせてる同種の女に馬鹿にされ続けてるの」
「え、でも今エドワードは何の夢見てるの?」
サキュバスの向こうにいるエドワードを覗き込むと、すやすやと眠っている。
「あの子は、夢の中でおしゃべりしてるだけよ。昨日の氷漬けにされそうになった子にはお腹いっぱいご馳走したら満足してたわ」
「そうなんだ」
いやらしい妄想をしていた自分が恥ずかしくなってきた。
「でも、二人とも精気がなくなったような感じだったけど……」
「どんな形であれ、相手を満足させてあげることが出来れば少しだけ奪い取れるのよ。ただ、子供や女性には負担が大きいから私は手を出さないようにしてるけど」
思ったよりも優しいサキュバスなのかもしれない。ジェラルドは大人扱いされているのに対し、俺を子供扱いしたことには多少憤りを覚えるが。
「つまりは、すすり泣いてたのは、他のサキュバスに馬鹿にされたから……?」
「悔し泣きみたいな、そんな感じよ。その証拠に、私の角って小さいでしょ?」
サキュバスが頭を見せてきたので、俺は背伸びをして覗き込んで見た。
「うん。可愛いのがついてるね」
「か、可愛い……? 本当に?」
「うん。小さくて可愛い」
今までもサキュバスは恥じらいながら話していたが更にモジモジし始めた。
「で? その可愛い角がどうしたの?」
「うん、えっと、その……性的に満足させて奪い取ったものなら大きくて太い角になるんだけど、そうじゃなかったら成長しないの」
「そうなんだ」
色々事情があるんだなとしみじみ思っていると、サキュバスがやや俯いた。
「どうしたの?」
「それを知っても可愛いって思う?」
「うん」
角がコンプレックスなのだろうか? 気にしなくて良いのに、と周りは思うが、こういうのは一度気になったら気になるのだろう。
サキュバスは再び顔を上げて、決心したかのように言った。
「私、あなたの手助けをするわ。一緒にあの女を倒すわよ」
「え、でも同種族なんじゃ……? 仲間割れになるよ」
「同種ってだけで、仲間じゃないわよ。村の人を助けたいんでしょ?」
サキュバスの迫力に圧倒されて、俺は頷いた。
まさか女悪魔と手を組むことになろうとは……。
そして、サキュバスの角を褒めるという行為は、求愛行動と同義だということを俺は知らない——。




