怪現象③ 女悪魔
無理矢理エドワードも起こすと、ジェラルドと同様に精気が抜けたような状態になっていた。
二人に光魔法を施すと元の状態に戻ったので、その後は宿に戻りながらあの部屋で起こったことを聞いた。しかし、何故そこで眠っていたのか、何故精気が失われていたのか理由は分からないらしい。
ただ分かったのは、あの部屋に年頃の女性が現れたこと。ジェラルドは頑なに幽霊だと言い張っているが……。そして、村の人同様に覚えてはいないが、良い夢を見たという。
「これは、またまた厄介な依頼を引き受けたかもしれないね」
「ごめん……」
何気ない意趣返しに選んだ依頼がまさか村中の異変と関わっていたなんて思ってもみなかった。しかも、この依頼はランクE相当の依頼。解決してもそれに見合った報酬は得られないかもしれない。
「受けたものはしょうがないよ」
「ありがとう、エドワード」
「俺はもう失敗でも何でも良いから行きたくない!」
恐怖で毛布を頭から被っているジェラルドを宥めるようにリアムが言った。
「だったらジェラルドは僕と一緒に村の中を調査しよう。昼間に聞き込みに行くくらいなら平気でしょ」
「まぁな。相手が人間なら大丈夫だ」
こうして調査二日目は別行動することになった。
◇◇◇◇
俺とノエルとエドワードは再び夜の遺跡へ向かうため、夕方までは午睡を取った。そして軽く食べられるものを購入してから、例の部屋で女性を待つことに。
なので今は既に日が暮れた遺跡の中で食事中。
「ノエルはリアム達と村にいた方が良かったんじゃない?」
「いえ、わたくしはお兄様と一緒が良いですわ」
ノエルは色々と常識外れなところはあるが、こういうことを言ってくれるので兄としては嬉しい。
「オリヴァーは良いなぁ。僕もそんなこと言われたい。ん、これ美味しい」
「どれ? あ、それ一個しかないやつ」
「食べる?」
「うん。ありがとう」
エドワードにもらったリンゴのパンを食べていると、ノエルがニヤニヤしながらこちらを見ているのに気が付いた。
「ノエル?」
「お兄様とエドワード様のお二人が並ぶことは少ないので新鮮ですわね」
「確かに。そう言われるとそうかも」
何となく戦闘能力の低いリアムを守ってあげないと、という気持ちになってリアムと行動することが多い気がする。最近はジェラルドがくっついているけれど……。
「わたくしの事は空気だと思って好きにして頂いて結構ですからね。この機会にお二人の仲を深めてくださいませ」
「ノエルは優しい子だね」
「そうだね……」
優しいとは思う。しかし、これが友情を深めろという意味ではないことを知っている為、素直に喜べないのも事実だ。
何気ない会話をしていると、部屋を灯していた光がパッと消えた。
「あれ?」
「お兄様!?」
「昨日は女性が現れてから消えたんだけどな」
月明かりが少し入るだけの薄暗い部屋の中、エドワードが臨戦態勢を取ったのが分かった。俺もそれに倣ってノエルを守るように構えた。
出入り口の方から上機嫌な女性の声が聞こえてきた。
「まぁ、今日も来てくれたのね。私もやればできるってことね」
コツコツとヒールの音が聞こえ、それはエドワードの方へと一直線に歩いている。
「だけど、思ったより元気そうね。何故かしら」
月明かりだけでは何が起こっているのか分からないので、光魔法でポゥっと灯りを天井に浮かべた。
途端に女性がその場に蹲った。顔は蹲って見えないが、真っ黒の髪に真っ黒のワンピースを着て背中に羽と尻尾が生えていた。角もちょこんと見えるような見えないような……。
「うぅ……」
蹲ったまま動かないので、声をかけてみた。
「あのー、幽霊ですか?」
「うぅ……そんな訳ないでしょ」
やや怒りながら女性が天井に手をかざすと、再び灯りが消えた。
「誰よ、こんなの出すのは」
灯りが消えると再び立ち上がってエドワードの方へと歩いていった。エドワードも女性に斬りかかるようなことはせず、じっと様子を伺っているようだった。
「今日も良い夢見ましょう」
月明かりの下に女性が立った瞬間、エドワードがパタリと倒れた。
「エドワード!?」
咄嗟に駆け寄ろうとすれば、エドワードと女性が黒いバリアのようなもので覆われた。俺は、それ以上進むことが出来なかった。
「エドワードに何をした!?」
「さっきからうるさいわね。子供は帰って寝てなさい」
「こ……」
子供……。十二歳は子供ではあるが、この国では十二歳から働ける。立派な大人の仲間入りなのだ。
反論したいが暗がりの中、先程のバリアのようなもののせいで余計に周囲の状況が分からない。再び魔法で辺りを照らした。
「その攻撃は通用しないわよ。これが守ってくれてるから」
「攻撃?」
攻撃などしていないのだが。それより、再びエドワードは眠りについているようだ。そして、女性はそばにいるだけで何かをしているようには見えない。
「お兄様、あれは女悪魔では?」
「女悪魔?」
「だって、あの尻尾と羽、尚且つあのバリアは闇ですわ。幽霊というよりは容姿が悪魔ですわ。角は少々小さいですが……」
確かに。見たことはないが、本に出てくる悪魔の特徴にぴったり当てはまる。
「でもさ、女悪魔ってこんなに美人なの?」
「まぁ、美人だなんて分かってるじゃない。でも女悪魔だなんてひとくくりにしないでくれる? 失礼だわ」
「じゃあ、あなたは何者?」
女性は不適な笑みを見せながら応えた。
「サキュバスよ」




