怪現象① 精気を失った男
今俺達は村から出た古代遺跡の前にいる。
「ジェラルド、良い加減覚悟決めなよ」
「覚悟なんて決まるわけないだろ」
古代遺跡の調査に対して、リアムとエドワードは覚悟を決めたようだが、ジェラルドだけは昨日から俺に縋り付いている。精神的にも物理的にも。
本日の遺跡調査の依頼が怖すぎるあまり、ジェラルドの体のどこかしらがずっと俺にくっついているのだ。今は周りの目もあるからか、肩を組んできている。側から見れば仲の良い友達だ。
夜なんて酷かった。結局昨日はジェラルドと二人で寝たのだが——。
『オリヴァー、トイレ付いてきてよ』
『一人で行けよ』
『明日俺達が調査に行くって知った亡霊が、呪い殺しに来たらどうするんだよ』
『来ないよ』
そう言いながらもトイレにはついて行ってあげた。まぁ、そこまではまだ良い。しかし、その後だ。ベッドの中でジェラルドが不安気に言った。
『なぁ、手繋いで良い?』
『嫌だよ』
『ガキの頃は繋いでくれたじゃん』
『今、何歳だよ』
『頼むよ。手繋いでたら、俺が亡霊に連れて行かれそうになったらお前も道連れに出来るだろ』
『道連れになりたくないよ』
俺は溜め息を吐きながら、ジェラルドに背を向けた。
『背中だったらくっついて良いよ』
『え? 本当に? 道連れになってくれるなんて、やっぱ親友だな』
ジェラルドは俺にピタッとくっついた。
『え……ジェラルド? 反対じゃない? 普通は背中と背中だろ』
背中同士くっつけて眠るつもりだったのに、ジェラルドはお腹側をくっつけてきたのだ。
『馬鹿か。それじゃあ、道連れに出来ないだろ。ほら、腕枕してやるから』
『あ、うん、ありがとう……って、おかしいだろ』
俺がジェラルドから離れようとすれば、腕枕していない方の腕がギュッとお腹に絡みついてきた。
『一人だけ逃げるなんてずるいだろ。お前があんな依頼引き受けたせいだからな』
『逃げるとかじゃなくてさ……もういいよ、俺が悪かったよ』
諦めて俺はジェラルドに後ろから包み込まれる形で眠りについた——。
こんなことノエルには絶対に言えない。ノエルじゃなくても勘違いされる。
流石にやり過ぎたかなとも思ったが、一度引き受けた依頼を断るとペナルティで暫くの間依頼を受けられなくなる。故に冒険の期間が決まっている俺達には断れなかった。
ちなみに、失敗した分に関しては三回連続で失敗しない限りはペナルティはない。
「とにかく入ろう。行くよ」
皆で一歩を踏み出して中に入った。
中は昔の建造物が壊れ、草木が絡みついていた。小鳥が降り立ち、地面を突いている。
「なんだ。普通だな」
「じゃあその手離してよ」
「それは無理だな」
俺は仲良くジェラルドと共に歩いていると、エドワードが何か見つけたようだ。
「これ見て。昔の文字かな?」
「本当だ。何か書いてある」
大きな石に何か文字のようなものが彫られていた。
リアムもそれを興味深そうに覗き込み、手帳に書き写し始めた。
「リアム、読めるの?」
「ううん。人が創り出す文字列には何かしら法則があるからね。戻ったら解析しようかなって」
相変わらずリアムは探究心が強いようだ。俺ならそういう難しいことは人任せにしてしまう。見習わなければ。
「皆様、ここから建物の中に入れそうですわ」
「ノエル、一人で先々行くのは危ないよ。僕と一緒に行こう」
エドワードがノエルと共に建物の中に足を踏み入れた。
怖い話は苦手と言いながらも女性を守ろうとするエドワードの姿が格好良い。それに比べて俺の隣にいる奴は……。
「なんだよ?」
「ううん。俺達も行ってみよう」
エドワードとノエルに続いて中に入ってみると、扉は壊れ、所々壁も崩れ、瓦礫が落ちていた。しかし、そこには昔誰かが住んでいたことを思わせる家具の類が残っていた。
「不思議な感覚ですわね」
「うん。なんか昔の人の生活が想像できるよね……あれ?」
「エドワード? どうした?」
エドワードはひび割れた食器の一つを手に取った。
「これ見て」
「うん。お皿だね。これがどうかした?」
「他のは埃被ってるのに、これだけ綺麗なんだ」
そういわれてみればそうかもしれない。他の食器は埃まみれだ。そう考えると、この机もやけに綺麗だ。
「誰か住んでるのかもしれないな」
「怖いこと言うなよ」
「でも、ジェラルドだってすすり泣く女性の正体が人間だったら怖くないだろ?」
「うん、まぁ人間ならな」
俺達は一通り遺跡の中を見て回ったが、人はどこにも見当たらなかった。そのため、夜にリベンジすることにした。
◇◇◇◇
夕方の酒場にて。
「本当にこれから行くのか?」
「しつこいな、すすり泣く声は夜に聞こえるんだから。夜には誰かいるかもしれないじゃん」
ジェラルドが恐怖を全面に出し、俺が宥める。このやり取りを三十九回行った。四十回目が行われようとした時、ノエルが言った。
「なんだかこのミミック村には男性が少ないですわね」
「確かに」
村の中を歩く人もだが、商店にいる人や農作業をしている人も女性が多かった。
ガッシャーン。
少し離れたところにいた男性が転んだようで、机に置いてあった食べ物も一緒に大きな音を立てて床に落ちた。
「あーあ、まただよ」
この店の女店主がちょうど俺の横でうんざりしたように呟いた。
「あのー、またとは……?」
「この村の男連中が次々に倒れてるんだよ」
「病気ですか?」
また疫病かと思ってそう聞いてみたが、女店主は首を横に振った。
「医者が言うには病気ではないらしい。でも活気がなくなるんだ。何かに取り憑かれたように虚ろな目になって、仕事は任せられないからこうなった男は家で隔離されてるよ」
「活気がなくなる……」
俺は立ち上がった。
「お兄様?」
「ちょっとだけ試してみるよ」
転んだ男性の元へ行くと、女店主の言った通り男性の目は虚ろで活気がなかった。声をかけてもどこか一点を見つめ、返答はなかった。
俺は男性に向かって詠唱した。
「大地に満ちたる生命の息吹よ、汝に精気を、再生」
男性が青白い光に包まれた。光が消えると、男性は我に返ったように周囲を見渡した。焦点もあっている。
女店主が驚いた顔で聞いてきた。
「あんた何したんだい?」
「いえ、大したことは……。それより、何かあったんですか?」
男性は戸惑いながら応えた。
「分からないけど、夢を見たんだ」
「夢?」
「何の夢か思い出せないけど、とても良い夢なんだ。そしたら、いつの間にかここにいたよ」
この村には何かが起こっている。それを解明しなければ、きっとこの男性は再び先程の状態になってしまう。そんな気がした。




