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流行病⑤ 聖水作り

 それから事が進むのは早かった。


 倉庫の前で出会った男性には、アンの母同様に二種類の治癒魔法をかけた後、家に帰らせた。


 そして、水銀が取り扱われている倉庫に入るのは危険すぎるので、俺達三人はジェラルドと共に行動をしているであろう責任者を探す為、工場に入った。


 工場の責任者は護衛を付けているのかと戦闘覚悟でいたのだが、雇っていたのは初めに戦った隠密のスキルを持った男だけだったようで、すぐに取り押さえることができた。


 責任者に工場の裏で見たことを伝えれば、初めは知らぬ存ぜぬを繰り返していたが、リアムが『白状しなければ、水銀の部屋に防具なしで入れる』と脅せばすぐに自供し始めた。


 この事実は村長を通して領主にも話は伝わり、責任者を始め、水銀の事実を知っていた工場側の者達は皆、牢に入れられた。


 工場は閉鎖となり、従業員達は路頭に迷う形になってしまったが、それでも中毒症で死ぬよりはマシだと言って感謝された——。


 そして俺は今、真夜中に湖と睨めっこをしている。


「お兄様ならやれますわ!」


「いや、何をどうすれば良いか分かんないんだけど」


「気合いですわ! 聖水と言えば光魔法。そして、満月の晩の湖は神秘的な何かを秘めているはずなのですわ!」


「いやいや、満月じゃないし。少し欠けてるし」


「細かいことは気にせず、村の人達の為ですわ。詠唱だって、誰かが勝手に考えたものです。お兄様がそれっぽいのを考えれば何かしらできるはずですわ」


 ノエルの言い分は無茶苦茶すぎるが、この村の人の為と言われればやらなければいけない気がする。


 そして何より、聖水を作って中毒症状を改善させようと言い出したのはリアムなのだ。


 一人ひとりに治癒魔法を施すには患者が多過ぎる。そして、一回の魔法で完治しないことは分かっている。数回魔法をかければ完治する可能性もあるが、リアムが言った。


『時間と魔力の無駄遣いだよ。一気に治癒できれば良いんだけど……』


 そして、リアムが考え出したのが聖水だった。ただ、聖水なるものはこの世には存在しない。故に作り方が分からない。


 そこでノエルが考え出したのが、満月の晩の湖に光魔法を付与。これだ。半信半疑ではあるが、作り方が分からないので皆が試しにやってみようと言い出した。


 考えてもしょうがない。ええい、この際やけだ!


「聖なる月の光と大地に宿りし命よ、この水郷に癒やしの力を、浄化付与(フェブルアエッセ)


 自分なりに考えた詠唱を終えると、湖全体が青白い光に包まれた。そして、暫くすると光は消え、辺りは静寂に包まれた。


「どうなんだろ……」


「きっと大丈夫ですわ。ほら、ジェラルド様もエドワード様も突っ立ってないでこの瓶に聖水を入れて下さいませ」


「おう」


「うん、分かった」


 皆でせっせと百本近い小瓶に湖の水を入れて持ち帰った。


◇◇◇◇


 聖水の効果は抜群だった。ひと口飲めば動けるまでに改善し、二口飲めば完全に元の健康的な身体へと戻る程に。


 結果、このククル村で俺は聖人と崇め奉られている。銅像まで設計する案が出ているのだとか。


「勇者様……いや、聖人様じゃ! 聖人様のお通りですぞ!」


「聖人様、ありがとうございます!」


 歩くたびに両膝を地面に突かれ、祈りを捧げられる。


「一躍時の人ですわね」


「はは……そうだね」


 そして今、俺達は村長に挨拶に来ている。


「勇者……いや、聖人様、来たばかりなのにもう出発なさるのですか?」


「申し訳ございません。もう少し滞在したかったのですが……」


 どうして皆、勇者から聖人に言い換えるのだろうか。俺は、そんなに勇者っぽくないのだろうか。聖人のようにも見えないが……。


 そんなことより、滞在して一週間、この崇め奉られる環境に居心地の悪さを感じているとは言えない。代わりに違う理由を村長に伝えておいた。


「ギルドの依頼が回ってこないので……」


 これは事実。村のすぐ近くの森の中の湖に聖水を作ったおかげか、魔物が寄り付かなくなったのだとか。つまり、平和すぎてギルドへの依頼数が激減している。


 そして次に、どんな些細な仕事でもこなそうとギルドを訪ねても依頼主に断られるのだ。


『こんな粗末な仕事を聖人様には頼めません。他の冒険者に頼みます』


『聖人様は、もっと大きな仕事をするべきです』


 これでは俺達はこの村ですることがないのだ。一年以内に魔王を倒すと目標を決めてしまったため、ランクアップもしたいし、強そうなアイテムも手に入れたい。なので、俺達は次の村に行くことに決めた。


「ではせめて、これを受け取って下さい」


「これは?」


 村長は赤色の手触りの良い布を手渡してきた。


「これは、燃え盛る炎の中に入っても決して燃えることのない布です。服でもマントでも好きなようにお使い下さい」


「それはいわゆる火鼠の皮衣ではないですか!? お兄様良かったですわね!」


「火鼠……? 昔からこの村の宝として代々受け継がれている物ですが、その様な名称ではなかったような……」


「え、宝? そんな物頂いて良いんですか?」


 宝と聞いて俺は一瞬怯んだが、村長は眉を下げて言った。

 

「宝と言っても私共には使い道がないのですよ。この村を救って頂いたお礼です」


「では、有り難く頂きます」


 俺はククル村を疫病から救ったお礼として、火鼠の皮衣? を手に入れた。

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