宿題
その日の晩、ナナリ村の宿にて情報共有が行われた。
「そっちはどうだった?」
俺が初めに襲撃される地域について問えば、リアムが代表して応えてくれた。
「うん。人口にしてざっと三百人ってとこかな。広い地域だから一箇所に集めるのは時間がかかるかもしれないけど、辺境地だからここは多分大丈夫だよ」
「大丈夫って?」
「辺境の地は元々、他国からの襲撃に備えて軍事力は十分に備わってるでしょ?」
「ああ、そっか」
他国からの襲撃にも備えて訓練されているし、戦えない民もまた、いつでも避難出来るように訓練を受けている。首都中心部よりも実は戦闘に一番長けているのが辺境地なのだ。
「魔王の襲撃リストを見ても、初めから侵略する気はないみたいだし」
リアムが襲撃リストを机の上に広げたので、皆で覗き込んだ。
エドワードとジェラルドが口々に言った。
「そう言われてみればそうだね。こことここも騎士の育成が盛んな地域だ」
「それならここもだな。領主が魔法好きで、魔術師が沢山いるぞ」
「魔王は何がしたいんだろ……」
考えていると、キースの生暖かい視線が刺さった。
「ジェラルド、ここではやめようよ」
「じゃあどこでやるんだ?」
「どこって……」
今、作戦会議をしながらジェラルドに手ずからチョコレートを食べさせてもらっているのだ。
より大きく強固な結界を張る為、アイリス先生が俺とジェラルドの愛を深め合うように宿題を出してきた。そんな根拠のない宿題をこなす為、ジェラルドは俺を愛でている。もちろん妹として。
「髪だけでも付けてくれたら燃えるんだけどなぁ。なぁ、リアム」
「そうだね。せっかくウェイト侯爵が色々準備してくれたんだから付ければ良いのに」
そう、ジェラルドの父であるウェイト侯爵が、俺を養女に迎えるにあたって、金・銀・紺・赤・ピンク・水色、様々な色の長髪のカツラを準備していたのだ。
しかし、俺は断固として拒否をした。メレディスとの一件で女装は懲り懲りだ。更なるトラブルに巻き込まれかねない。
「あー、オリヴァーに食べせてもつまんねぇ!」
「ジェラルド……」
やっと分かってくれたのか。俺は妹なんかじゃないんだよ。
「結界はイメージで出来るんだから、こんなことしなくても普通に練習すればきっと……」
「よし、散歩でもするぞ」
ジェラルドは俺の手を取って立ち上がった。
「え、今から? もう寝ようよ」
「眠くなったら俺がおんぶでも抱っこでもしてやるよ。龍が出たら面倒だから、ノエルもついて来いよ」
「もちろんですわ」
ノエルが上機嫌に返事をすると、エドワードも立ち上がった。
「こんな暗い中、女の子が外出するのは危ないから僕も付いて行くよ」
「相変わらず頼もしいですわね」
ニコッとノエルがエドワードに微笑みかけると、エドワードも照れたように笑った。
実は俺が魔界に行って不在の間、俺の代わりにノエルにぴったりとくっ付いてエドワードがノエルを守っていたらしい。危険なことなど何もなかったようだが……。
◇◇◇◇
外は真っ暗だった。曇っているので月明かりや星の煌めきもない。
そんな中、ジェラルドは俺の手を掴んだまま、引っ張るようにして俺のやや前の方を歩いている。
そして、俺達の後ろをノエルとエドワードが仲良く並んで歩いている。
「ジェラルド、散歩するんでしょ? 歩きにくいから手離してよ」
「何言ってんだよ。こんな夜道に何が起こるか分かんねーだろ」
「だったら、散歩なんてしないでよ」
「暗いとオリヴァーって分からないだろ? 妹といる気分になれて良いんだよ」
「そこまでして、宿題こなさなくても……」
「お前の結界が小さいせいだろうが。民を守りきれなくて、辛い思いをするのはお前だぞ」
「ジェラルド……」
本心はそっちだったのか。親友を辛い境地に立たせないために、敢えて兄妹ごっこを。
俺は立ち止まって、ジェラルドを見上げた。
「俺、頑張るよ! 兄妹ごっこで民が救えるなら、俺、妹でもなんにでもなるから」
「本当か!?」
「うん。だから俺、ジェラルドのこと……」
バサッ。
誰かが持っていた荷物を下に落としたようだ。光魔法で照らせば、そこには……。
「え……アーサー?」
アーサーとお父さんがいた。
「いや、続けてくれ。おれ達のことは気にせず、続けてくれ」
動揺しながらも好奇の目で見てくるアーサー。そして、俺は道の真ん中でジェラルドと手を繋いだまま向かい合っている。
「アーサー、いつからいたの?」
「『だから俺、ジェラルドのこと……』からだ。おれのことは良いから、さぁ、続けてくれ」
完全に告白と勘違いされている。ある意味告白に近いかもしれないが……。
「アーサー、違うからね。今のは……」
「いたぞ! こっちだ!」
男の声が聞こえ、複数の男達がこちらに向かって走ってきた。
「やばッ」
アーサーが焦って逃げようとすれば、反対側にも男がいて、二十人くらいの男に挟まれてしまった。
「アーサー、何かしたの?」
「いや、何も……」
何か知っているような顔だ。
事情は分からないが、俺達も自身の身を守らなければ。巻き添いは御免だ。
「ノエル……」
「ノエルは僕が守るからね!」
エドワードがノエルを庇うように立ち、剣を構えた。ノエルはエドワードに任せれば大丈夫そうだ。
「兄貴の出番だな」
「ジェラルド……」
ニコッと笑うジェラルドはいつもと変わらず格好良いが、俺は守られる側なのか? ジェラルドが俺の事をどう思っていたのか分かった今、親友として俺もジェラルドを更に慕うことができそうだ。
「ジェラルド、試してみようよ。結界」
「それは良いかもな」
俺はジェラルドとしっかり手を繋ぎ直した。目を瞑り、結界をイメージ……。
「うわッ、ここに何かあるぞ!?」
「進めねぇ」
「どうなってんだ!?」
男達の声からすると、成功したようだ。俺が目を開けると光のベールが男達を遮っていた。
「やった! 昼間より大きい。でも、ジェラルドのは……?」
ジェラルドの結界が見当たらない。
「お兄様、上ですわ」
ノエルとエドワードが上を指さしたので、顔を上げた。村を全て覆い尽くしていそうな程に大きい結界がそこにはあった。
「ジェラルド、あんな大きいの作ったら意味ないじゃん」
「まだ二回目なんだから仕方ねーだろ。制御の仕方分かんねぇよ」
「まぁ、確かに……でも、この後どうしよ」
結界は成功したが、敵が入って来られない反面、俺達も身動きがとれない。戦いに出るか悩んでいると、アーサーとお父さんがヒソヒソと話をしていた。
「もうこの村にもいられませんね」
「そうだな。早急に移動しよう」
「アーサー? 本当に何もしてないの?」
こんな柄の悪い男達に囲まれるなんて普通じゃあり得ない。
「してねーよ! おれは勇者だぞ!」
「どうせ自称だろ!」
ジェラルドの言葉が俺の胸にも鋭く突き刺さる。
「お兄様、ここで恩を売っておけば後々良いことがあるやもしれませんわよ」
「ノエル、言い方。普通に助けようって言えば良いじゃん。追跡されても困るからこのまま逃げよう」
アーサーやお父さんも一緒に俺達は宿まで転移した——。




