結界の張り方
ジェラルドの屋敷の庭にて。
「懐かしいね!」
大きなメガネに、銀髪をゆるふわに三つ編みにしたアイリス先生。見た目も変わらず、俺も懐かしさから笑みが溢れる。
「じゃあ早速やろっか」
「「よろしくお願いします!」」
「結界の張り方は、本来は学園の上級生が習うもので、とても難しいの。一ヶ月やそこらで習得できるものではないわ」
「え……」
開始早々、出鼻をくじかれた気分になった。
ジェラルドも困惑した様子でアイリス先生に聞いた。
「そもそも、魔法のシールドと結界はどう違うんですか?」
「良い質問ね。ちょっと待ってね」
アイリス先生は何やらブツブツと詠唱のようなものをし始めた。それは長く約三分間に渡って唱えられた。
三分後、二種類のドーム状の光が現れた。
「こっちが魔法のシールド。で、こっちが結界の方ね」
「結界の方が薄いですね」
光魔法のシールドは、正にシールドを張りました! と、目で見てはっきり分かる。それに対し、結界は目を凝らさないと見えない程に薄い。
「魔法のシールドは、術者が遠く離れると消えるのは知ってるよね」
「「はい」」
「だけど、結界は違う。一度張ってしまえば遠くに離れても大丈夫なの。それから、シールドは外部のモノを全て弾き返すのに対し……ノエルちゃん、ちょっとここ入ってみてくれる?」
ノエルが結界の中に入った。
「外部からも結界の中に入ることが出来るんだけど……ショーン君も同様に入ってみて」
ショーンもひょこひょこ歩いて結界に入ろうとすれば、結界に阻まれてそれ以上進めなかった。
「術者が許可した者しか出入り出来ないようになってるの。特定の条件をつければ、中の様子を見えなくすることも可能よ」
「やっぱ結界の方が便利だな」
「だね」
「それから、魔力の消費量も違うかな。結界の方が圧倒的に消費量が少ないの」
「え、そうなんですか?」
てっきり結界の方が防御力が強いと聞いていたので、魔力を沢山使うのかと思っていた。
「どんなに大きな結界を張ろうが魔力消費量は変わらないんだよ。それに、シールドは魔力の使い捨てって感じだけど、結界は破られた所だけ修復すればまた使えるようになるの。つまり、魔力の無駄遣いを減らすというメリットもあるってこと」
誰か一人が結界を張り、他の者が戦闘に集中することも考えたが、結界を張った上で戦闘に加わることも十分可能ということか。
「でも、一ヶ月やそこらじゃ習得出来ないんですよね……」
「だな。別の方法を考えるか」
メリットが沢山ありそうな結界だが、張れないのでは意味がない。
俺とジェラルドが半ば諦めていると、アイリス先生は含み笑いをして言った。
「二人とも何言ってるの?」
「え、出来ないんですよね?」
「君達は大魔法使いになれる逸材だよ。いいえ、もうなっていると言っても過言ではないわ。だって、今現在この世界で無詠唱で魔法を発動できる人は君達だけなんだよ。それに、オリヴァー君なんて二種類の魔力まで持ってるし。そして何より……」
「何より……?」
「いつの時代も愛の力は偉大なのよ!」
アイリス先生は自信満々に何を言っているのだろうか。
「結界はね、そもそも誰かを守る為に張るものよ」
「確かに」
「愛する者を守りたいという想いが結界を作ったとも言われているわ。愛が強ければ強い程、結界も強力なものになるし、互いに互いを想って作った結界は強固に絡み合い、更なる強さを発揮すると思うの」
今『思う』って言った? 確かな根拠やこれまでの功績もないような、ただの憶測を俺達は聞かされているのか。
アイリス先生の話にノエルも食いついた。
「では、お兄様とジェラルド様がお二人で結界を張れば、とても強力な結界を張れるということですわね!」
「そういうことよ。ノエルちゃん!」
「いや、だけど張り方が……」
「この参考書を見てみて」
アイリス先生が参考書を取り出しので、俺とジェラルドは開かれた頁を二人で眺めた。
「ジェラルド、分かる?」
「いや、全然」
見たことのない数式や文字列が並んでおり、さっぱり理解が出来なかった。
「これが上級生で習う結界の張り方。難しすぎて習ったところで使えるのは一握りの優等生だけなの」
「やっぱ俺達じゃ無理……」
「私もこれで習ったからこの方法でしか結界を張れないけど、二人ならきっと大丈夫! はい、手を取り合って」
「え……」
アイリス先生によって、俺はジェラルドと手を繋がされた。
一瞬みーちゃんが出てくるのではないかと警戒したが、出て来なくて安心した。
「二人とも、イメージだよ。無詠唱で魔法が出せるならイメージでどうにでもなるはず!」
「そんな無茶苦茶な……」
ジェラルドも困惑している。そんなジェラルドに、ノエルが一枚の絵を見せた。
「ジェラルド様、妹の危機をイメージ致しましょう」
すると、ジェラルドの顔つきが真剣なものに変わって頷いた。
ジェラルド……そんなにチョロい奴だっただろうか。俺が思っている以上にシスコンだ。本当に妹がいたら、妹は大変だろうな。と、存在しない妹を不憫に思った。
「ほら、オリヴァー君も! ジェラルド君を想って結界をイメージだよ」
「……はい」
俺はジェラルドと手を繋いだまま目を瞑ってみた。
真面目な俺は、言われるがままジェラルドのことを考えながら結界をイメージした。
「ジェラルド君、さすがね!」
「やはり、愛の力ですわね!」
え? ジェラルドは初めてなのにもう結界が張れたのか?
俺も負けていられない。ジェラルドをイメージ……じゃなくて、結界、結界、結界。
「どう!?」
目を開けると、皆が下を見ていた。俺も皆の視線の先に目をやった。
そこにはショーンがおり、ショーンの周りに薄っすらと黄色い光のベールが見える。アイリス先生がそのベールをツンツンと棒で突いた。
「うーん……初めて見る形だけど、結界は結界みたい」
「じゃあ成功ですか!?」
「でも、ジェラルド君の比ではないかな」
「そうだ。ジェラルドのは?」
下を見ていた皆が、次は上を向いた。俺もそれに倣って上を見た。
「デカッ!」
ジェラルドの屋敷全体がドーム状に薄っすらと白い光に覆われている。しかも、所々雪の結晶のような模様があり、何とも神秘的な光景だ。
見惚れていると、アイリス先生が喜色満面に両手をパチンと合わせて言った。
「何はともあれ、愛の力で結界が張れるという証明にはなったね! あとは細かい条件設定と……より大きく、より強固にする為に愛を深めよう!」
「本来は二人きりの方が宜しいのでしょうが、刻印のせいでそういう訳にも参りませんし、わたくし達も見守りますわ」
「今は許すけど、戻ったら兄ちゃんの相手もしてあげてよ。今、頑張って偵察してるんだから」
「うん……って、練習するんじゃないの? 愛を深めるってなに!?」
ジェラルドも同意見だろうと横を見ると、ジェラルドはしゃがみ込んで俺の結界を眺めていた。
「兄貴への愛情はこんなもんか……」
「いやいやいや、そこ落ち込むとこじゃないから! 落ち込みたいの俺だから!」
「よし! 兄貴としてもっと愛情を注がなければ」
「ジェラルド君、頑張って!」
良く分からないが、俺は結界術向上の為、ジェラルドから愛情を注がれる日々を過ごすことになりそうだ。




