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5 第二夫人

 王都の家で数日過ごした後、約束の日に大きく立派な馬車が迎えに来た。

 執事に見送られ、馬車に乗り込むと、ついた先はシード伯爵邸よりも小さな家だった。それでもギャレット領の家よりずいぶん立派だ。

「こちらがオークウッド伯爵家…」

「こちらは別邸にございます。本邸はただいま立て込んでおりまして、準備が整い次第ご案内いたします」


 別邸ならエレナに会わずに済むかもしれない。フェリシアはほっと胸をなで下ろした。

 別邸の執事に連れられ、案内された部屋は実家のリビングを思わせる広さで、余裕をもって置かれたベッドや家具、打ち合わせでもできそうなソファセットもあり、なんだか落ち着かなかった。部屋には一人専属の侍女がつき、カバン二つ分の荷物はあっという間に片付いた。見知らぬ家を勝手にうろつくのも礼儀に反する。何をするにもまずは家長に会い、許しを得てからだ。


 午後になり、オークウッド伯爵と会うことになった。

 さほど年を感じさせないとはいえ、どうみても祖父の年齢に近い。

 隣に座っている夫人は優しげで、表面だけかもしれないが見る限り仲はよさそうだ。既に嫡男もその子供もいるこの家で、こんな年の若い第二夫人を必要としているようには見えなかった。…とはいえ、貴族の裏事情などわかったものではないが。


「このたびは孫のエレナが貴殿に多大な迷惑をかけてしまったことを、深くお詫びする」

 いきなりの伯爵夫妻そろっての詫びにさすがのフェリシアも恐縮したが、ここは「許す」ことを求められているのだ。

「もう過ぎたことですから。お気になさらず」

 できたらこれで解放してほしい、と言いたいところだが、本当に善意でフェリシアの面倒を見たいだけかと思わせるほどに夫妻そろって実に機嫌よく、好意的に接してくる。


 このまま名ばかりの第二夫人の話もなくなってくれることを期待したが、

「実は我々は明日からしばらく諸国を周遊することになっていてな。来て早々申し訳ないが、ここでゆっくり過ごしてもらって、後のことは旅が終わってから話し合おうと思っているが、それでいいかね?」

 旅に出る。しかも行くのは目の前の二人だけで、同行する必要はなさそうだ。来て早々留守番を仰せつかろうとは。フェリシアは驚きながらも安心し、ゆっくりと頷いた。

「ここはおまえの家になるのだから、遠慮なく好きに使うといい。交際費も支給しよう。その範囲内であればいくら使っても構わない」

 今日来たばかりの第二夫人に何という大盤振る舞い。しかし本題は二人が旅から戻ってからだ。

「あ、あの、…お戻りになってから、結婚、ですか?」

 恐る恐る聞くフェリシアに、伯爵夫人は笑顔を見せた。

「あら、早い方がよかった? でも少し時間をもらわないとね」

 その言葉、まさか夫人も反対していない?


 何もかもが先送りされたまま、翌日には旅立つ伯爵夫妻を見送った。二人は楽しそうに馬車を連ねて旅立ち、にこやかに振り返される手に祖父母を見送る孫になったような気分だ。



 一人で住むには広すぎる別邸。質も人数も充分な使用人。庭に専用の庭師までいる。母が好きに庭をいじっていた実家とは大違いだ。


 聞けば学校にも通わせてもらえるらしい。新学期まではまだ少し時間があったが、婚約を解消され、年の離れた新たな夫、いやまだ婚約者相当ながらお相手の家に住み、そこから学校に通う。

 これ以上立ちようのない悪評が予想されたが、せっかくなので学校には通っておくことにした。いつ何時伯爵家を追い出されるかもしれない。周りに何と言われようと少しでも勉強しておけば、突如放逐されたとしても何とかなるかもしれない。

 フェリシアにはここが自分の終の棲家になるとは到底思えなかった。



 別邸での生活は至れり尽くせりで暇を持て余すくらいだった。

 希望を言えば必要なものは揃えてもらえ、街に行くのも止められもせず、買い物も予算の範囲ならし放題だが、使い切ることなどなさそうな金額だ。お留守番の若い第二夫人がパーティだの茶会だのに呼ばれることはない。これは案外楽かもしれない、とフェリシアは思った。

 ただし、それも伯爵が元気なうち。こうした家には大抵相続問題があり、下手に子供でもできようものなら、子供共々追いやられる未来が目に浮かぶ。伯爵がいなくなれば自分の立場は弱く、夫人に迷惑をかけないためにも引き際を心得、この家を出る準備をしておこう。


 フェリシアはもらったお金は貯蓄することにした。

 昼間は買い物と称して王都の町の様子を観察した。レオナルド商会の場所も把握し、客が自領の刃物を吟味し購入していくのを見て、我が子を送り出すような不思議な気持ちになった。

 会頭代理はしばらく出かけているようだった。また来ることはできるだろう。しかし男に会いに行っていると思われると、不義を疑われるかもしれない。自分にも相手にも迷惑をかけるようなことは避けるべきだが、今後を考えると縁は保っておきたい。

 既に領で手紙を書き残してきたところだが、小さな紙に


  王都で元気にやってます  フェリシア・ギャレット


と書き、会頭代理に渡してもらえるよう頼んだ。

 お針子以外の仕事なら回してもらえると信じて。


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