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第3話 侵入

 「小テストを印刷してくる」と言って教室を出た田中は、しかし二階の印刷室には向かわず、階段を二階分下りて一階の廊下を歩いていた。節電のために蛍光灯が間引かれた廊下は微妙に光量が足りておらず、外から聞こえてくるザーというラジオのノイズのような雨音も相俟って、妙に寂しい印象を抱かせる。


 田中は誰もいない生徒玄関と売店の前を通り過ぎ、誰ともすれ違うことなく駐車場に繋がる勝手口の前に着いた。

 傘立てから「平山高校貸出傘」のラベルの貼られたビニール傘を取り、傘を開いて勝手口のドアから一歩足を踏み出せば、雨粒が傘に弾けてバタバタと喧しい音を立てる。そこまで強い雨ではなかったが、防水性皆無の室内履きはすぐに雨水が浸水してきて、田中の足を冷たい感触が包んだ。

 田中は濡れた靴に不快感を覚えながら、駐車場の端にある物置に向かう。物置には用務員が草刈りや植栽の管理に使用する刈払機などの道具が保管されている。

 生徒が入れないようにドアには鍵が掛かっていたが、教員である田中にとって、物置の鍵は屋上の鍵同様に造作もなく入手できる。田中は二畳ほどの広さの物置に入り、竹箒や熊手と並んで壁に立て掛けられていた高枝切りばさみを手に取って物置を後にした。


 田中は左手に傘、右手に高枝切りばさみを持って、五台程度しか停められない狭い駐車場を横切って正門を出る。

 住宅地に面している通用門と異なり、駐車場に通じる正門の前には、細い道路を隔てて雑木林が広がっている。道路は正門のすぐ先で行き止まりになっていて、この道路を使うのは平山高校の生徒か教員か、あるいは出入りの業者だけだ。

 見える範囲に住宅はなく、登下校時以外は常に人気のない正門周辺だが、田中は周囲に視線を巡らせて自分以外の人間がいないことを念入りに確認する。そして、校舎の窓にも人影がないことを確かめてから、田中は正門から一歩外に出たところで、高枝切りばさみを最大まで伸ばした。


 五メートル近い長さの高枝切りばさみを空に向けた田中は、用務員の手伝いで枝を剪定しようとしているわけでは当然なかった。田中は雑木林から道路の上にせり出している枝には見向きもせず、道路の数メートル上空を通る複数の黒いケーブルを、皮脂で濁った眼鏡のレンズ越しに確かめた。

 電柱には何本ものケーブルが架けられているが、この先に人家などはないため、それらのケーブルは裏門横の電柱から全て平山高校に引き込まれている。

 最上部の三本セットのケーブルは配電線であり、電柱に固定された樽のような見た目の柱上変圧器を介して平山高校に電気を送っているが、その下の細いケーブルは送電ではなく通信のためのケーブルだ。

 田中の目的である電話線や光ファイバといった通信線はその中にある。


 田中はビニール傘を地面に置き、伸ばした高枝切りばさみを両手で持った。

 何本もある細いケーブルのうちの一本を、直径二十ミリの生木まで切断可能という刃で挟み込む。そして、両手でグリップを握り、力を込めると、ケーブルはいとも容易く両断された。

 それが電話線なのか光ファイバなのか、はたまたISDNなのか田中は知らなかったが、配電線以外のケーブルを全て切ってしまえば問題はない。


 田中は配電線の下のケーブルを次々と切断していき、全てのケーブルを一分とかからずに切断し終えた。そして、用済みとなった高枝切りばさみを雑木林に放り投げ、傘を拾い上げてから四階建ての校舎を見上げた。

 灰色の空の下、銀灰色の支柱に取り付けられた基地局のアンテナが、屋上から田中を見下ろしていた。







 レインコートを羽織った大河原と内田は、田中から渡されていたキーを使って屋上のドアを開けた。

 屋上には太陽光パネルと蓄電池、エアコン室外機、給水タンクといった設備が所狭しと設置されていて、思っていたよりも遮蔽物が多く窮屈だった。特に蓄電池と室外機は背が高いうえに数も多く、屋上の開放感を大きく阻害している。


 屋上に出た二人は、初めて見る屋上の光景に多少新鮮さを感じながら、辺りを見回した。目的のものはすぐに見つかった。

 屋上の隅に立っている高さ五メートル前後のポールと、すぐ脇のロッカーのような金属箱。それが三セット。

 それらこそが大河原たちの目当てである、携帯電話基地局であった。

 平山高校は小高い丘の上にあるため、その立地に目を付けた携帯電話大手三社が平山高校屋上に基地局を設置していることは、あまり生徒には知られていないトリビアだった。


「まずNTTのやつからだ」


 大河原が左端のポールを顎でしゃくり、内田は斧を手にそのポールに近づいていく。内田は、「俺よりお前のほうがこういう力仕事は得意だろ」と思ったが、口に出すことはなかった。


 ポールの上部には長さ二メートルほどの円筒形のアンテナが三本ほど取り付けられていて、アンテナの下から伸びる複数のケーブルはポールの側面で纏められ、屋上の床から十センチほど浮かせた蛇腹の樹脂製ホースの中を通って電源装置の箱に接続されている。

 アンテナそのものには手が届かないが、アンテナに繋がっているケーブルには容易に手が届く。内田は若干よろけながら重い斧を振りかぶり、ケーブルが通された蛇腹のホースに向かって思い切り振り下ろした。


 勢いの乗った斧の分厚い刃が、薄いプラスチックのホースとその中のケーブルを纏めて両断した。

 斧は勢い余って屋上の床にぶつかり、ゴン! という鈍い音を立てて床の青い防水塗料を抉る。

 断線したケーブルから火花が散り、黄色い光を放つ粒が水溜まりの上を転がる。

 内田は斧の柄を伝わってきた衝撃で腕が痺れる不快感を味わっていたが、それに構わず隣に二本並んでいるホースにも斧を叩きつけた。ホース諸共切断されたケーブルから火花が飛び散る。


「全部圏外になった。成功だ」


 大河原が色もキャリアも異なる三つのスマートフォンを見ながら言う。一つは大河原の私物で、他の二つは清水と久山から借りてきたものだった。

 どれも大手三社の携帯であり、それらが圏外になったということは、平山高校にあるすべての携帯電話が通信能力を喪失したということを示している。

 授業中に隠れてスマホゲームに勤しんでいるような生徒は、突然圏外になったことに気づいただろうが、大多数の真面目な生徒たちと先生方はまだ異変に気づいていないだろう。


「これでこの辺りは固定電話の時代に逆戻りだ」

「その固定回線ですが……田中先生もそろそろ作業を終える頃じゃないですか」

「田中は無能だが、あのくらいの作業はこなしてくれるだろう。もし失敗していたら、『後改こうかい』の筆頭候補者は奴に決まりだろうよ」


 つまらない雑談の中で大河原の口から飛び出した「後改」という言葉に、内田は思わずぎょっとした顔を浮かべて大河原を見た。


 解放機構内部の規律を維持するとともに、「組織を内から破壊する有害な無能」を排除する制度である「後改」。

 昨日まで仲間だった人間を、ただ「無能」だとか「怠慢」だとかと適当な理由を付けて吊るし上げ、そして「始末」する悪魔の制度。

 それを指す「後改」という言葉は、解放機構内でしか通じない一種の社内用語のようなものだったが、高見沢駅爆破事件後、ワイドショー等で連日センセーショナルに報道されたことで、今や解放機構の異常性を示す格好のアイコンとして日本国民の誰もが知るところとなってしまっていた。


「内田は久山と一緒に、先に萩生田たちを出迎えに行け。俺は清水議長代理をお迎えに上がる」


 大河原は、神経を疑うような視線を向けてきている内田に気づかないのか、それとも気づいた上で何とも思っていないのか、踵を返して屋上出入口へ向かってゆく。


「お前ら幹部は気楽なもんだな。俺ら一般党員は、もし自分が『後改』の対象に選ばれたらと思って、いつもビクついてるってのに」


 内田は大河原に決して聞こえないよう、口を動かすだけで声は出さずに言いながら、大河原を小走りに追いかけた。

 上履きが防水塗料の剥がれかけた床の上に溜まった雨水を跳ね上げ、靴下が濡れて冷たくなるのを感じた。







 荷台部分にアルミコンテナを載せた配送トラックが、正門前の急坂をディーゼルエンジンを唸らせて登り切る。そして、減速もそこそこに、半分だけ開いていた正門から駐車場に車体を捻じ込み、駐車レーンの白線を跨ぐようにして停車した。

 ディーゼルエンジンの低い音が鳴り止み、運転席のドアから宅配業者の青い制服を着た中年の男が降りる。日焼けした肌にがっちりした体格の男は宅配業者の格好によく馴染んでいたが、額から顎を結ぶ一直線の傷跡がその仮装を台無しにしていた。


「ちょっと! そんな停め方されたら邪魔になるだろうが!」


 突然、男に背後から怒声が浴びせられた。男はベルトに挟んだ自動拳銃の上に手を当て、即座に声のほうを向く。

 スーツを着た教師と思しき中年男性が、トラックに向かってきていた。察しの悪い教師は、男が宅配業者でない可能性など考えもしていなかった。

 男は思わず舌打ちして、うんざりした表情を浮かべる。


「まったく、幸先が悪いな……」


 男――萩生田はベルトから銀色の拳銃を抜き放ち、片手で構えた。

 そして、驚いたような顔をして立ち止まった教師の胸に照星と照門を重ね、一切躊躇することなく引鉄を引いた。

 銃口の先に取り付けた減音器サプレッサの働きにより音量を減じられた銃声が、駐車場に小さく響く。

 胸に拳銃弾を受けた教師は悲鳴を上げることもできずに地面に倒れ、教師の手を離れたビニール傘がアスファルトの上を転がる。

 萩生田は、口から血の泡を吹いて地面に仰向けに倒れている教師に歩み寄り、さらに一発発砲した。九ミリ口径の拳銃弾を頭部に受けた教師の身体が大きく跳ね、それきり動かなくなった。教師が倒れた水溜まりに、赤い鮮血が広がってゆく。


「クソ、いきなり想定外の事態だ……おい、伊瀬! ボケっとしてないで、さっさと荷台を開けろ!」


 萩生田が抑え気味ながらもよく通る声で言った。伊瀬と呼ばれた助手席に乗っていた若い男は、青ざめた顔で「は、はい」と応じ、慌ててトラックの荷台に駆け寄る。

 伊瀬がアルミコンテナの後部扉を開けると、全開になった観音開きの扉から、黒い戦闘服を着用した十人の男たちがぞろぞろと降りてきた。戦闘服たちは全員が短機関銃か自動小銃を手にし、いくつものポケットを弾倉やナイフで埋め尽くしたミリタリーベストを着用している。


「うわっ、マジかよ」


 真っ先に荷台から降りてきた、大河原と張り合えるほどの巨漢が、血の海に沈む教師の男を見つけてドン引きしたような口調で言う。十代の学生から六十間際の初老まで幅広い年齢層の戦闘服たちだったが、誰もが死体を見て嫌そうな表情を浮かべていた。

 萩生田はその様子を横目にして、立派な銃で武装していても所詮は素人の寄せ集めかと内心で舌打ちする。


「古元は駐車場で待機。誰か来たら構わず撃ち殺せ。他は計画通りだ。行くぞ」


 一通り武器の扱い方は教えたとはいえ本当に戦えるか疑問な素人集団の中で、萩生田は最年長の古元にだけは一定の評価を与えていた。従軍経験こそないものの、長い活動家人生の中で培われた胆力や覚悟を持つ彼は、少なくとも迷うことなく人に銃を向け、引鉄を引くことが出来るだろう。


 萩生田は、トラックの荷台で三時間も揺さぶられてきた戦闘服たちを労わることもなく歩き出した。

 腕に付けたデジタル時計が示す時刻は十時七分。予定時刻より少し遅れている。急ぐ必要はないが、休憩している余裕もなかった。


 上意下達が徹底された組織だけあって、戦闘服たちはリーダーである萩生田の指示に不満を言うこともなく従った。古元と呼ばれた初老の男を見張りとして駐車場に残し、それ以外の戦闘服たちは萩生田に続いて校舎を回り込み、校庭に面する職員玄関へと向かう。


 来校者なども利用する職員玄関の自動ドアは、明らかな不審者に対しても普段通りに全面ガラスのドアを開いて歓迎した。

 招かれざる客たちは「警察官立寄所」のステッカーをものともせず、堂々と真正面から平山高校に侵入することに成功した。

 玄関の真正面の受付に詰めていた事務員が、来客に気づいて顔を上げる。次の瞬間、萩生田の減音器付き拳銃がくぐもった銃声を職員玄関に響かせた。

 額に直径一センチほどの穴が開いた事務員が椅子ごと後ろにひっくり返り、宅配業者の制服を着た萩生田と伊瀬が事務員の死体を乗り越えて奥の事務室に突入する。

 事務室には三人の男女がいた。

 二人は振り向く暇も与えられずに萩生田によって射殺された。

 一人生き残った中年の女性職員は驚愕に目を見開き、大きく息を吸い込んで口を悲鳴の形に開く。そして、学校中に響き渡るであろう大音量の悲鳴を発する寸前、減音された二発の銃声とともに女性職員の胸に風穴が開き、女性は悲鳴の代わりに口から血を吐き出して倒れた。


「あの女はお前の担当エリアだろ」


 萩生田が拳銃の弾倉を交換しながら、隣で空気銃エアライフルを持って突っ立っている伊瀬を睨みつけた。

 中学生にしか見えない童顔と華奢な体つきのせいで、相対的にやたらと大きく見える空気銃を抱える伊瀬は、「すみません、弾が出なくて……」と震える声で謝った。


「貸してみろ」


 萩生田は伊瀬から空気銃をひったくり、慣れた手つきで安全装置を解除し、槓桿コッキングレバーを引いた。そして、うつ伏せに倒れている中年女性に銃口を向ける。

 空気が勢いよく噴き出す独特な銃声とともに、圧搾空気に加速された小径の弾丸が銃身の先端から飛び出し、女性の頭蓋骨を貫いた。

 まだ辛うじて息のあった女性は、スイッチを切ったかのようにぴたりと動きを止めた。

 空気銃には減音器が組み込まれているので、銃声は玩具のエアガンの発射音よりも静かだった。


「俺の拳銃は減音器がついているとはいっても、結構音が出るからな。頼むぞ」


 萩生田はそう言って、伊瀬に空気銃を突き返す。伊瀬は血の気の引いた顔で空気銃を受け取った。


 事務室を出た萩生田と伊瀬を先頭に、襲撃者たちは校内の制圧に向けて行動を再開した。

 萩生田と伊瀬がそれぞれの銃を前方に向けて廊下を進んでいき、その後ろを真っ黒な戦闘服の男たちと、今しがた合流した内田と久山が続く。

 先頭の萩生田と伊瀬以外の十一人は銃を構えることもなく、ただ散歩でもしているかのような様子だった。減音器付きの銃器を持っているのが萩生田と伊瀬しかいないので、今のところ二人以外には出番がないのだ。


 平山高校は、教室棟と特別教室棟の二つの建物が合体した構造になっている。どちらも四階建てで、教室棟は一直線の廊下の片側に各学年の教室、もう片側に生徒ホールや物置部屋などが並んでいて、上から見下ろせばほぼ長方形に見えるはずだ。

 一方、特別教室棟は概ねL字状の構造で、L字の縦線から下に一直線に伸びる短い渡り廊下が教室棟の右端と直角に接続されている。特別教室棟には文字通り化学室などの特別教室があり、事務室や職員室も特別教室棟にある。

 特別教室棟一階には、事務室や職員玄関の他に、保健室や図書室、用務員室といった常に教職員が詰めている部屋があり、萩生田と伊瀬の二人は道中にあるそれらを素早く制圧していった。

 伊瀬の空気銃はともかく、萩生田の拳銃は減音器が付いていてもお世辞にも静かとはいえない銃声が鳴ってしまうが、数回しか使われなかったそれを銃声と認識した者は校内にはいなかったようだった。

 一階にいた不運な教職員らは誰にも気づかれずに射殺され、一階の制圧は五分と掛からずに完了した。


 襲撃者たちは、教室棟と特別教室棟の接続部の横にある中央階段をぞろぞろと上っていく。

 そして、踊り場で折り返した萩生田と伊瀬は、数段上に立つ制服姿の男子生徒に気づき、すぐさま銃口を男子生徒に向けた。


「……なんだ、大河原か。危うく撃つところだったぞ」


 萩生田はため息交じりに銃口を下ろす。銃口を向けられた大柄な男子生徒――大河原は誤射される寸前だったというのに怯えた様子もなく、「それは失礼しました」と全く悪いと思っていなそうな口調で謝った。

 大河原が合流したことで十四人になった彼らは、萩生田をリーダーとする戦闘服たち十二人と、大河原をリーダーとする親衛隊の三人の二手に別れた。


 萩生田たちは、教室棟三階の生徒たちに気づかれないよう、極力静かに教員らを制圧していくことになっている。しかし、教員が抵抗するなどの不測の事態が起こり、襲撃が生徒たちに気づかれる可能性も当然否定できない。

 そこで大河原たちは、万が一襲撃が生徒たちに露見した場合に、一斉に逃げ出そうとするであろう生徒たちを抑え込むことが役目だった。

 もちろん、生徒と教員を同時に制圧し、支配下に置くことができればそれに越したことはないのだが、残念ながら人数が足りなかった。

 現在、都立平山高校には二年生の生徒しかいないが、それでも七クラス二百八十人の大人数だ。いくら襲撃者たち全員が銃器で武装しているとはいっても、たかだか十四人の少人数で、特別教室棟にいる四十五人ほどの教員らと教室棟にいる二百八十人の生徒らを一斉に制圧するのは困難だ。


 萩生田たちと別れた大河原たち三人は階段を上り、二年生が授業を受けている教室棟三階に向かった。

 教室棟には南階段と西階段と中央階段の三つの階段があり、久山が校舎中央の西階段、内田が教室棟端の南階段、大河原が特別教室棟との渡り廊下すぐ横の中央階段で待機することが予め決められていた。


 久山と内田は九ミリ拳銃弾を連射可能な短機関銃を手に、所定の位置についた。大河原に至っては、ベルト給弾式の七・六二ミリ汎用機関銃をいつでも撃てるように腰だめにしている。

 教室棟の廊下は一直線になっていて、見通しが良い。万が一、生徒たちが廊下に飛び出して来る事態になれば、廊下の端の中央階段で待機している大河原の汎用機関銃が彼らを残らず撃ち殺すことになる。

 また、キルゾーンと化した廊下をどうにか渡り切り、西か南の階段に辿り着いた生徒がいたとしても、そこには短機関銃を構えた久山か内田が待ち構えている。学校から出るどころか、教室棟三階から生きて出られる生徒はいないだろう。

 もっとも、この「プランB」は萩生田たちが失敗したときの緊急避難的な措置であって、襲撃者たちとしても出来れば実行したくない措置だった。

 生徒たちは大切な人質であり、それを無為に大量消費する「プランB」の実行は襲撃者たちにとっても不利益にしかならないということを、一番下っ端の内田や久山に至るまで、誰もが認識していた。


『こちら大河原。聞こえるか』


 廊下の突き当りの南階段で待機していた内田の小型無線機トランシーバが、ノイズ交じりだが問題なく聞き取れる音質で、低い声を発した。

 内田は予備弾倉とともにブレザーのポケットに突っ込んでいたトランシーバを取り出し、側面の送話スイッチ(PTTスイッチ)を押して「聞こえます」と応答する。

 久山も、内田の後に「はい」と応答した。


『無線は問題ないな。あとは待つだけだ。急に誰かが廊下に出て来てもいいように、教室から見えないように位置取りするのを忘れるな』


 大河原の最終確認の意味を含んだ命令に、久山が「了解」と返答するのがトランシーバから聞こえてくる。銃を撃つ覚悟を未だ決められないまま、内田も「了解しました」と返した。

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