出戻り狼4
「なー二号。大丈夫だよ、お前はやればできるって……」
あの失敗ですっかりやる気をなくした様子の二号は、あれからずっとうなだれていた。みんな二号の訓練だけに時間を割けるわけでもないので解散してしまって、今は麻梨菜とジーノス(と、レジーナ)だけだ。麻梨菜にだって仕事(裏のやつ)はあるのに、ジーノスが二号のことを気にしている様子だったから、気を回して街に行くのを中止したのだ。麻梨菜にくっついていなければならないジーノスのために。……護衛とは一体。
まあそんなこんなで麻梨菜も二号の励ましに自然加わる羽目になっているのだが、すぐに気づいたことがある。
「ねー、レジーナどっかにやってよ」
そう、レジーナだ。全ての元凶。こいつがいつも、のこのこと舞い戻ってきたくせにとんだ役立たずね。この穀潰しが。みたいな視線で二号を蔑んでいるから、二号だって泣きたくなってしまうのだ。
「えー、レジーナはそんな冷たいこと思ってないって」
挙句の果てに、お前は優秀だもんなとか言ってイチャイチャしだす始末。この大バカコンビめ空気読め。
「ほら、それだよ。レジーナがいるとどうしても二号が自分と比べちゃうでしょ。もっと自信がついてからならいいけどさあ……」
ちらりと二号を窺うと、やっぱりぺったりと耳を伏せて、早くこの苦痛の時間が終わってくれとでもいうような顔をしている。
「そうかなあ……。レジーナ、悪いけどいったん家に戻ろう。」
納得していない様子ながらもジーノスがレジーナを促して神獣の住処のほうへと連れていくと、予想外にもレジーナはぐずったりせずに素直に指示に従った。ただし、去っていく途中でジーノス越しにこちらを振り返ってフンと盛大に鼻息をもらしていった。出来の悪い者同士でお似合いねとでも言っているようだ。本当に嫌味な奴。
ぐぬぬと二人の後姿を睨んでいると、ふと腕にもさりとした毛皮が押し付けられた。
「あ、二号……。喜んでるの?」
鼻先を麻梨菜にこすりつけてきて、まるで甘えているような仕草だった。きっとレジーナがいなくなってホッとしたということを伝えたいのだろう。やっぱりあの嫌味な女を気に食わないと思う同志は存在するのだ。二号に一気に親近感がわいた瞬間だった。
「ね、あいつ超ムカつくよね」
しかも二号は出戻りという立場上、レジーナに強く出ることができないのだ。本当ならオスなんだから、レジーナなんてひとひねりのはずなのに……。……いいこと思いついた。
「ねえ二号。レジーナってムカつくよね」
改めてじっと目を見て言うと、それもそうだけど今のオレには対抗できない……みたいな弱気な瞳が伏し目がちになった。
「あいつ、いっつも偉そうなんだから。でも二号だって、野生で頑張ってきたでしょう?本当なら、レジーナなんかよりも絶対強いはずだよ」
そう、なんといっても二号には野生でサバイバルしてきたというアドバンテージがある。人間とともにぬくぬくと暮らしていたレジーナなんか、本当ならメじゃないはずなのだ。
「今はいろいろできないことも多いかもしれないけど、頑張って練習すればぜったいにレジーナなんか追い越せるよ。だって、二号は今まで一人で頑張って生きてきたんだもん。レジーナなんか、ご飯だって出してもらってるんだよ。二号は自分で獲ってきたんでしょう?」
伝わっているかはわからないが、二号はじっと麻梨菜に視線を合わせて聞いてくれている。
「あいつなんてしょせん箱入り娘だよ、二号みたいに野生で生き抜くなんてできないよ。ちょっと騎士団の訓練ができるからって偉そうにしてんの。でも二号は野生で頑張ってきたんだから。その命がけの頑張りに比べたら、騎士団の訓練なんてきっとすぐできるって。レジーナなんか追い越してやろう!」
きっと野生での苦労や失敗を思い出したのだろう、二号の瞳の奥が揺れた。そのたびに、彼は一人だけで努力したり立ち直ってきたはずだった。今回は騎士団のみんなだって協力してくれる。できないはずがないのだ!
二号の目にキラリとした光が戻った。
「やろう!」
麻梨菜の掛け声に、二号はぱたぱたと尻尾を振った。やる気十分だ。
「打倒レジーナ!!」
こぶしを振り上げたその宣言には、意義ありげにぴたりと止まってしまったけど。