14.いつもの風景
ジーノスをやめさせてたまるかと決意した麻梨菜は署名活動を始めていた。
「ほらっ、ここにジーノスを辞めさせないでくださいって書いて!」
「ジーノスって誰?」
「誰でもいいから!ほらっ!」
騎士団と神獣の分(飼い主に名前を書かせて肉球を押させるつもりだ)は今集めさせているところなので、次に神官や巫女たちにも手を広げている。トルカットといえども神殿の過半数の署名を目の当たりにしたら、そう簡単にジーノスを辞めさせることはできないだろう、たぶん。それでもだめなら抗議デモとストライキだ。
「てかさ~。ジーノスよりもマリーナのほうが危ないんじゃね?」
せっせと人々をさばく麻梨菜の後ろで、ルカが頭の後ろに腕を組んでやる気なさげに言った。その失礼な一言に麻梨菜はきょとんと目を丸くする。私?
「なんで?私なんて神子姫様だよ?」
至極当たり前のことを言ったに過ぎないのに、ルカはなんでそう偉そうかねえと眉をしかめた。
「だって、『神子姫様』っていう概念はもう浸透したわけだし。別のもっと大人しくて、頭いい女の子持ってくれば済む話でしょ」
「……、……」
つまり、つまり。「神子姫様」がいるということはみんなに広まったわけだけど、礼拝の時はどうせカツラをかぶって高い位置にいるから、それに一言も喋らないから、べつに麻梨菜でなくてもいい。麻梨菜をクビにして、別の子に挿げ替えるってこと……?!そういえばカティアっていうちょうどいい逸材もいる……!
「わーっ!みんな、待って!『麻梨菜とジーノスを辞めさせないでください』にして!」
「えー、マリーナって誰?」
「誰でもいいからー!!」
・
……という午前のごたごたは、結局すべて意味のないものとなった。
午後になって姿を見せたジーノスはいつも通り制服を着こんでいて、どうだった?!と勢い込んで尋ねた麻梨菜にへらりと笑い返しさえした。
「いや、なんか、なんともなかった」
「ほんとに?!トルカット様なんて言ってた?!」
やきもきする麻梨菜を尻目にジーノスはまだ残ってこっちを見ていたルカにしっしと追い払うようなしぐさをして、そんなんどうでもいいから!早く全部話せと圧をかけるとようやく、何から話そうかと思案した様子で少し視線をうろうろとさせた。
「えーっと……、あ、そうだ。この間、カティアのところに行ったとき。お土産買ってこなかっただろうって怒られた」
麻梨菜の期待からは宇宙の果てくらい遠いことを言ってはは、と笑う。でも、
「え、お、怒ってた……?」
クビにされるという未来がにわかに真実味を帯びてきて恐る恐る尋ねると、結構怒ってたよとそこだけはジーノスも真顔になる。……今度は絶対お土産買って帰らないと。
「ほ、ほかには?」
びくびくと尋ねると、うーんと考えている様子だったのがまた何か思い出したようだ。あっ、と言ってこちらを見る。今度は何だ。
「実は神獣騎士って、なんか一生神殿に仕えないとダメらしい。だから、絶対辞めさせられるとかないっぽい」
そして今度はへへ、と恥ずかしそうに笑った。それを!先に言え!!
「なんだー……」
はー、と思わず安堵のため息を吐く。昨夜ジーノスはすでに諦めたようなことを言っていたが、せっかく難関(らしい)を乗り越えてなれた神獣騎士を辞めることになるなんて嫌に決まっている。何とか阻止したいと思っていたが、むしろ逆に辞めるために署名がいるようだとわかって、じゃあこれからもちょっとくらい騒ぎを起こしてもいいってことね。ジーノスと自分の行く末に胸をなでおろした。
「あー、っと。でもそうすると、王都行けなくなっちゃったな……」
せっかく和やかな空気になったのに一転、ジーノスはごめん、と申し訳なさそうな顔をする。またそれ。麻梨菜は今度こそ首を傾げた。
「っていうか、なんでそんなに王都にこだわるの?行きたいの?」
心底疑問だというふうに尋ねると、相手ははあ?!と素っ頓狂な声を出した。
「えっ、だって、お前、言ってただろ、行ってみたいって」
いちいち確認するように一語一語指さされて思いつくのは、あの王国勢が来たときのことだ。ジーノスに王都が気になるか、みたいなことを聞かれた記憶は、ある。
「え、確かに言ったけど……。別にそこまで何が何でも行きたいってわけじゃ」
私はそんな必死そうな雰囲気を出していただろうか。王都の話なんて、それっきりしたこともなかったはずだけど……。記憶をたどってうーんとうなる麻梨菜の前で、ジーノスは盛大にうなだれてしまった。
「なんだよ……。まじかよ……。」
俺の苦労は一体、とか言ってがっくりとしゃがみこんでしまった。そこまで落ち込むことかなあ。やっぱりジーノスのほうが行ってみたかったんじゃ……?
そのときトットッと軽快な足音を立てて遠くからレジーナが走り寄ってきた。こいつもうここにジーノスがいることを嗅ぎつけやがった。何も知らないレジーナは、麻梨菜をきっと睨みつけてからしゃがみこむジーノスを心配そうにのぞきこんだ。……これ私のせいかなあ?
「ああ、ごめんなレジーナ。もう二度とお前を置いていかないからな」
するとすぐに気づいたジーノスが元気だよ、とわしゃわしゃしてやるとレジーナは飛び上がって喜び、その反応をかわいいとかいい子だとか言ってさらにイチャイチャし出す永久機関が始まってしまった。しかも麻梨菜の、昨日は一緒に逃げようなんて約束し合った女の子の、目の前で!
やっぱ二人きりの逃避行しておけばよかった、この邪魔者の手も足も出ないところで!!
「やっぱ王都、行こう!絶対行く!」
ころりと考えを変えた麻梨菜が宣言すると。
どっちだよ、という呆れたジーノスの声が、神殿の日常に溶け込んでいった。
おわり。




