12.責任
麻梨菜がトルカットに呼び出されるときは、たいてい怒られるときか何か頼みごとをされるときだと相場は決まっている。今回はもちろん、怒られるほうのやつ。
「うぐうー……」
神殿に戻ってきた麻梨菜は早々にトルカットのお説教を受けることとなった。やれ勝手に神殿を出るなだの、神獣を勝手に神殿から出すなだの、国際条約の何たらがどうたらだの、そんなん知らんもんと言いたくなることばかりで責め立てられて、そもそも難しい言葉ばかり使われてもちっとも理解できない。
「だ、だって。レジーナが行きたがってて……」
麻梨菜がレジーナを乗り物にしたんじゃなくて、むしろその逆、そそのかされたのだ。ということをせめてもの反抗に説明すると、
「お前のオツムは動物以下か?」
間髪入れずに突っぱねられて、麻梨菜の人類としてのプライドはいたく傷つけられた。本当にあの犬っころ、余計なことしかしやがらない。
しかも罰として今日は夕飯抜きだと宣言されて、
「ええっ!そんな!じゃあレジーナだってご飯抜きにしてください!!」
思わず平等を求めて叫んだ要求は、心底蔑んだような氷点下の視線にさらされて凍結してしまった。……ちょっと本気で怖かった。
「はああー……」
そんなわけで麻梨菜は今、ぐうぐう鳴るお腹を抱えて救世主の登場を心待ちにしているのだ。
「お待たせ」
「遅いっ!」
待ち合わせしていた巫女棟の前に現れたジーノスは、期待通り片手に食べ物の包みを携えてきた。見覚えのあるそれは、たぶんいつもジーノスが食べている半分に切ったパンの間にもうなんでもいいからとにかくぶち込めとばかりに乱雑に具が押し込まれている、サンドイッチのようなハンバーガーのようなやつ。普段犬の餌みたいと横目で見ていたものだが、この際食べられるならもう何でも構わん。ひったくるようにして奪い取ると、予想外に強力な抵抗にあってしまった。
「わ、ちょっと、半分こだぞ!」
「うるさーい!なんでジーノスはご飯抜きじゃないの?!」
「そりゃ、一応、休暇中だったから……」
私には休みなどないというのに!不公平だ。なんか、どっかに訴えてやる……。
階段に座り込んで二人で半分この少なすぎる夕食を食べていると、あまり食の進んでいなかった様子のジーノスが、しばらくしてぽつりと言った。
「……俺、神殿を辞めることになるかもしれない」
すっかり忘れかけていたことを蒸し返され、むぐとパンが喉に詰まる。
「な、なんで!レジーナを置いてくつもり?!」
それに、私も。心の中だけで付け加えて詰め寄ると、ジーノスは若干恨めしそうな顔をしてこちらを見た。
「あのなあ……、問題起こしたのはお前だぞ」
「えっ、で、でも。それはもう謝ったもん」
「それでも。責任は取らなきゃいけない……」
また視線を前向けてパンを一口かじった。つまり、麻梨菜とレジーナのしたことの責任を、ジーノスが取らされるってこと……?夕飯抜きなんて子供だましの罰じゃなくって、もっと。
「……辞めさせられるってこと……?」
呟くように聞いた言葉に返事はなかった。
「そ、そんなのおかしいよ。ジーノスはなんにもしてないのに……、私がトルカット様に頼んでみるから!だから、だから……、」
だからそんなこと言わないで。
などとその原因を作った麻梨菜が言えるはずもなく、尻すぼみのままうつむくしかなかった。そんなん知らんもんとか思ってた私の大バカ野郎。なんで、なんで助けたかった人を逆に窮地に追いやるようなことをしてしまったんだろう。考えなしの、大バカ者。
「ごめんなさい……」
「わ、ちょっと、泣くなよ」
泣きたいのはこっちだと思われているに違いなく、でもすぐに涙が止まるわけもなく。ぐすぐすと顔をぬぐっている間、ちょっと困ったような間があったあと片手に持っていたパンがそっと引き抜かれて、その手をジーノスの硬くてごつごつした手がずっとさすっていた。
薄暗くて静かな空気の中に、しばらく麻梨菜の鼻をすする音が響いていた。
「俺がいなくなってもさ……、」
そして落ち着いてきたころになってそんなことを言いだすので、
「嫌」
即座に遮って立ち上がった。
「今からトルカット様に直談判してくる!」
「わーっ!だから頼むから余計なことしないで?!」
余計なことだと!いつもの麻梨菜ならそんなことを言われたら怒り心頭で立ち去るが、今回はそんなことしたら下手したらそのままジーノスとお別れになってしまう可能性もある。だから一歩も動かさないぞというふうにがっちりと羽交い絞めにされた腕の中でぷくりと頬を膨らませるだけにとどめた。
「俺がいなくなっても、大人しくしてろよ、って言いたかったのだから!」
「いや」
「いやじゃない!」
「抗議デモとストライキする」
「だから~っ……」
強情な態度を崩さない麻梨菜にジーノスが真後ろではー、と長いため息を吐いた。それが髪を揺らして彼の息遣いを意識させ、意図せず背中がぴくりと揺れてしまう。ち、近い。そんな場合じゃないのに緊張してきた。いやでも、こんなにぴったりとくっついているんだしもしかしたらそんな場合なのかも……。麻梨菜の緊張が伝わったのか、いつの間にか背後のジーノスもしんと無言になっていた。
何かが起こるんじゃないかという期待が、二人の間に長いような短いような、不自然な沈黙を落とす。耐え切れなくなって思わずもぞ、と身動きすると、それを封じるようにジーノスの腕に少し力が入った。
「あの……、じゃあさ。……迎えに来るから。一緒に……、」
そうか、ジーノスと一緒に逃げるという手がある!その時点でほぼ「行く!」と体は言いかけていたのだが、
「王都、行こう」
付け加えられた意味不明の一部分によって麻梨菜の動きは停止した。……王都??なんで王都?実は行きたかったとか……?
そのわずかな沈黙を躊躇と受け取ったらしいジーノスが、不貞腐れたように別に嫌なら……とか言い出すので、
「い、行く。一緒に」
どこへでも。腕の中でぐるんと回転して向き合うと、見上げたジーノスの瞳に熱が宿る。嬉しいのに、同時に逃げなきゃという危機感も頭の奥底で騒いでいた。
だって。
背後に回された腕にぐっと力が込もって麻梨菜も自然に瞳を閉じた。
これでジーノスに捕まってしまった。




