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9.黒い神獣

 勝手知ったる庭のようにずんずんと鎮守の森を進んでいってしまうレジーナを、麻梨菜は恐々と追いかけていた。

「ね、ねえ。そんなに行っちゃっていいの……?」

 レジーナと遊んでくると偽って先導されるままに神殿を抜け出したものの、もうずいぶん歩いてきた気がする。神殿から遠く離れてしまっている不安はもちろん、野生の神獣の縄張りに入ってしまったらどうするのだという危機感も強い。何匹もの野生の神獣に取り囲まれた記憶がよみがえってきて、体が緊張してきた。

 進むにつれて及び腰になってくる麻梨菜をレジーナはちらりと横目で見たものの、速度を緩めようとはしなかった。あなたが行かなくても私は行くわよというようなきっぱりとした態度で進んでいる。やっぱりジーノスを助けに行こうとしているんだ。彼に何かあって助けが必要だというのなら、トルカットに逆らった行動をしてしまっている今、駆け付けられるのは事情を知っている私しかいない。麻梨菜も覚悟を決めた。

 ジーノスが一体どこに行ってしまったのかは知らなかったが、今はレジーナについていくしかなかった。神殿を離れると鎮守の森は昼間でも薄暗く、ひやりとした空気に覆われているのに、焦りからかじわりと汗までにじみ出てきた。

「!」

 と、ふいに前方の茂みに、巨大な黒いものが佇んでいることに気づく。レジーナと同じくらい大きい……、たぶん野生の神獣だ。縄張りに侵入してきた麻梨菜たちを監視しているのだろうか、あるいは……。

 思わずなんとかしてよ、とばかりにレジーナを見ると、彼女も鼻先にたくさんしわを寄せて歯をむき出しにし、相手を威嚇しているようだった。勝てるの?不安になった麻梨菜がもう一度黒い獣のほうをみると、相手は意外にも敵意はないという風に背中を向けて、でも少し進んだところでこちらを待つみたいに振り返った。

「レジーナ……」

 これはどうするべき?しかし縋りつくように体を寄せた麻梨菜をまるっきり無視して、レジーナは黒い獣のほうへとすたすた進んでいってしまった。避けられた格好になった麻梨菜は無様にもたたらを踏んだ。

「ちょ、ちょっと!」

 カチンときたことでまたレジーナに追いついてやると、それに満足したように前のやつも再び歩き出した。そして時折立ち止まっては、またちらりと後ろを確認する。……なんだか、道案内をされている気分だった。でもなんで?レジーナの知り合いというわけではなさそうだった、さっき威嚇していたから。むしろ仲が良いわけではなく、絶対に一定の距離を開けて両者近寄らないさまはビジネスの関係という感じだ、神獣のビジネスってなんだかわからないが……。レジーナは素直についていっているけど、本当に信用しても大丈夫なんだろうか……。

 そんなことをぐるぐると疑問に思いながら追いかけている途中で、麻梨菜はあっと思った。この黒い後ろ姿。もしかしてこいつ、前にジーノスが言っていた、レジーナ狙いの野生の神獣……?

 もしそうならこちらに敵意はないだろうし、万が一襲われそうになってもレジーナをエサにして逃げよう。そう思いながらレジーナを盾にして進んでいくと、一体どの辺に出たのか、森が途切れて目の前の下方に茶色い荒野が広がった。大昔に大河が流れていた跡みたいに、ずいぶんと低くなっているところとそこから段々になって高くなっているところ。そんなでこぼこの地形が右から左へと流れている。その流れに対して直角に飛び越えていったような向こう岸に小さな丘があり、その斜面にへばりつくようにして建物が密集している町があった。狼たちもそちらに注目している。

 ――もしかして、あそこにジーノスが。

 麻梨菜にも何となく伝わった。どうしてこの二匹がジーノスの捕まっている場所を知っているのかはわからなかったが、とにかくあそこに助けに行かなければ。

「レジーナ。私も連れてってくれる?」

 真剣な顔で問いかけた麻梨菜に、彼女は当然よという視線を返して足元に伏せた。レジーナから乗れと言わんばかりの行動をするとは、天地がひっくり返ったような衝撃だ。ジーノスと乗った時のように鞍はないし、捕まる場所(ジーノス)も命綱(ジーノス)もない。でもやるしかないんだ。

 麻梨菜がよじ登って、どの辺を掴めばいいのかととりあえず肩のあたりの毛を掴むと、レジーナはせっかちにもさあ行くわよというように立ち上がって、即座にぐぐっと体を沈めた。

「えっ……、ちょっとまって……、」

 明らかに跳躍の準備をしているそのポーズに麻梨菜は焦った。今いる森の端は下の荒野よりもだいぶ高い位置にあって、だから荒野の遠くまで見渡せるのだけど、こいつまさかここを一気に飛び降りるつもりなんじゃ……!

「わーっ!」

 そのまさかだった。止める間もなくぐんと一気に二人は何もない空中に踊り出る。こっちはド素人のか弱い女の子なんだぞ……!とっさに死に物狂いで毛皮を掴んだが、

「あっ……!」

 レジーナより軽い麻梨菜はその跳躍の最中紙屑のように風に煽られ、指の間にわずかにレジーナの毛を握りしめたままあっけなく空中に放り出されてしまった。すぐに気づいたレジーナが振り返るが、地面ははるか下。ひとっ飛びに跳躍して前方に加速したレジーナと、その途中で放り出された麻梨菜との距離は落下ごとにぐんぐんと広がっていってしまい、

 ――死ぬっ!

 そう思った瞬間。何か生暖かいものに挟まれてぐわんと全身が揺さぶられる衝撃が襲った。

「……っ!」

 そしてどすんというひときわ大きな衝撃のあと挟まれたものから解放されると、倒れこんだのはさっき見ていた茶色い地面だった。生きてる。……助かった。ホッとして耳元で聞こえるハッハ、という息遣いに顔を上げると、そこにはあの黒い神獣がいた。触れられるほど近い距離だったのに、不思議と怖くはなかった。

「あ……、もしかしてあなた、」

 言いかけた麻梨菜を遮るように、歯をむき出しにして怒りの叫びを上げたレジーナが黒い神獣に突進していく。麻梨菜が食べられると思ったのだろうか。

「レジーナ!だめ!そいつ助けてくれたんだよ!」

 小麦色の毛皮を掴んで止めると、まだうなってはいるもののレジーナは攻撃をやめた。黒い神獣のほうは本当に戦う意思はないらしく、いかつい顔をしているのに耳と頭をぺったりと伏せて全身でへこへことしている。……なんだかかわいそうになってきた。

「あの、ありがとう。助けてくれて」

 麻梨菜が言うと彼は少しだけ尻尾を振った。この奥ゆかしさ、レジーナにも見習ってほしい。

 当の本人はせっかく助けてくれた相手に対して、余計なことをするなとでも言いたげにフンと鼻息を吐いて、おまけにつんと顔まで逸らして知らんぷりだ。お礼ぐらい言ったらいいのに。

 この黒い神獣、絶対にレジーナの尻に敷かれることになるなと麻梨菜は危ぶんだ。

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