7.行方不明
「……というわけで、偽物っていうか、周りの人が勝手に神子様って呼んでるだけだったよ」
麻梨菜が結果を報告すると、トルカットは面白くなさそうにふうんと言った。
確かに肩透かしだった。偽物を倒す気満々で行ったのに、別にカティア本人が神子を名乗っているわけではなく、いうなれば彼女のファンたちが、その素晴らしさをたたえて勝手に神子様とあだ名をつけている、と、そういうオチだったのだ。
確かにあのカティアとかいう女性はやたら人望があるらしく、麻梨菜がうらやましくなるほどの手下をかかえていたが、その秘密は彼女の特技にあった。彼女に相談ごとをすると親身になって聞いてくれ、さらに心が軽くなるような的確なアドバイスをくれる。つまりカウンセラーのようなことをしてくれるので人気が集まったのだ。
しかもジーノスは隠しているようだったが、奴も彼女と二人きりで親し気に話していたところは麻梨菜も目撃している。ただの調査だと誤魔化されたが、あの脳筋に調査などできるのだろうか。怪しい。
とはいえ神殿の脅威となりそうもなく、そんな雑魚を下手に罰しでもしたらむしろこちら側の沽券に関わる。そういうわけで彼らのことは見逃すとして、もう二度と関わることもないだろう。そう思っていたのだが。
その週の週末礼拝は大変な騒ぎとなった。
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「神殿の狗どもめ!カティア様を返せ!!」
カティアの取り巻きの中でも麻梨菜がイケメンだと思った男を筆頭に、数人の男たちが殴り込みに来たのだ。
「カティアが行方不明になった」
「神殿のやつらが来た直後だ!」
「お前らがカティア様を連れ去ったんだろう!」
「カティア様を返せ!」
礼拝が終わると同時に彼らはなだれ込んできて、まだ壇上にいた麻梨菜とジーノスは目をぱちくりとさせた。トルカットからもお前一体何したんだ的な鋭い視線が飛んできて、麻梨菜は慌てて何も知らないと首を横に振った。なんで騒動は全部私のせいみたいにされにゃならんのだ。
「おい、お前たち。神殿への意見は正式な窓口を通して……、」
神官が数人がかりで彼らを何とか追い出そうとするが、
「んな悠長なことしてられるか!」
「この間来た奴を出せ!騎士の奴だ!」
さっぱり引く気はないようだった。ついにジーノスを出せとわめきだした彼らに困惑顔をする本人の視線を受けて、偉い人の席からトルカットが厳かに進み出た。
「おい、お前ら。神殿では神に誓って誘拐など行うはずもない。何か確たる証拠があって言っているんだろうな?」
ひときわ立派な神官様オーラに加えて、神殿の権威をいたずらに落とそうとしたらどうなるかわかってんだろうなという圧力に気圧されたように彼らは一瞬口ごもったが、イケメンの男がすぐに気を取り直し、代表して答えた。
「神殿の騎士たちが来たあとすぐにいなくなったんだ。当然、関連があると考える」
「すぐというのは?」
眉ひとつ動かさないトルカットの質問に、男たちは確認するように顔を見合わせてから「二日後だ」と答えた。
「ならば神殿とは無関係だ。彼らはそちらを発った後、その日のうちに神殿に到着している」
それは本当だった。またもや麻梨菜とレジーナの決死の争いが繰り広げられたわけだが……、まあそれは置いておこう。トルカットにアリバイの証明をされて、一日で着くはずがないと気色ばんだ男たちも、麻梨菜のそばにぬんと控える巨大なもふもふが嫌でも目に入ったとみえて、
「ああ、そうか……」
「神獣……」
どうやらアリバイを信じるに至ったようだった。それでようやく男たちは静かになった。礼拝に参加していた人たちが、遠巻きに彼らをひそひそとしているざわめきのほうが大きくなる。
意気消沈してしまったように見えた彼らだが、ここでまたイケメンがきっと前を見据えた。
「不当な疑いをかけて申し訳なかった。しかし、女性が一人行方不明になってるんだ。どうか捜索に協力願えないだろうか」
「神殿が?なぜ?」
濡れ衣を着せたくせに都合が良すぎるってもんだろうとでも言いたげな冷たい態度に、しかしイケメンのほうも食い下がった。ちらりとレジーナを一瞥したその動きに、周囲の男たちも気づいて口々に声を上げる。
「あっ、そうだ!神獣がいれば!」
「そうか!機動力ハンパねえぞ!」
すでに問題がおおかた解決したかのような盛り上がりを見せる男たちに、勘違いしないでほしいんだが、とトルカットが遮るように声を張り上げた。
「神獣は神聖なる神の使い。便利な乗り物と思われては困る」
……明らかに便利な乗り物扱いしていた人に言われてもな。と麻梨菜は思ったが、まだ大勢の信者が残る空間の中ではトルカットの言い分のほうが圧倒的に優勢だった。たくさんの非難めいた視線にさらされて、男たちもさすがに少し恥じ入るように視線をうつむきがちにした。
「行方不明が出たというのなら、まずはその町の衛兵と協力するのが順当だろう。それでもだめなら、神殿に助力を乞う前に、そこの領主に協力を仰ぐほうが先なのではないか?」
男たちは正論を言われたが納得はできないというように顔をゆがめた。でも、とか、そんなんじゃ間に合わねえよ、とか口々に呟いている。イケメンも同じ気持ちのようで、悔し気に口を引き結んでいたが、少しののち、きっと視線を鋭くして再びトルカットを見据えた。
「だが……お前たちも神に仕えているというのなら、人を救ってみせろ」
その言葉に男たちもトルカットを見据えて懇願するような顔になった。神に仕える立場の者がまさか人を見殺しにしたりはしないよなという理論は確かに突っぱねようがなく、彼らの間にも期待が高まる。一体どうするのだろうと麻梨菜も固唾をのんで成り行きを見守った。トルカットは相変わらず信心深くて威厳がありそうな表情を微塵も崩さず、ふうと少しだけため息を吐いて、
「人を救うかどうかは神がお決めになること。神殿はその判断に従うだけだ。その女がまだ利用価値……じゃない、神の御心に沿うというのなら、必ず、神がお助けになるだろう」
だから人間にできることは何もない。そう言いたげにトルカットはくるりときびすを返した。完全に完璧に、一分の隙も無いお断りだった。緊迫していた空気が一気に落胆へと傾き、トルカットの退場によって議論の終結を感じ取った野次馬たちも思い思いに出口へと向かい始めてざわめきが戻ってくる。
……まあかわいそうだけどしょうがないよね。麻梨菜もそう思って退場しようとしたとき。
「俺は協力する」
予想外にも、ジーノスが彼らの前に名乗り出た。




