3.どのための護衛
上機嫌で準備に向かうマリーナを複雑な顔で見送ると、その場を動かないままのジーノスを不審に思ったようにトルカットが声をかけてきた。
「ん、なんだ?書状は後で届けさせるから、早く準備してこい」
さっさと行けよという空気をひしひしと感じながらも、怒られるのを覚悟でジーノスは思い切って口を開いた。
「トルカット様……。あいつをけしかけるの、やめてくださいよ」
意を決して言った言葉はしかし、
「別にけしかけてはないだろ。俺はただ事実を言っただけだ」
相手方には何も響いていない様子でけろりと返される。
確かにトルカットの話にマリーナが勝手に「倒しに行く!」と張り切っただけだった。しかしマリーナなら必ずそういう結論に達するだろうことを予測して、わざと偽神子なんかの話題を聞かせたような節がある。
「でも、それに付き合わされるのはこっちなんですよ」
今回だってレジーナを乗り物がわりに使われることになるわ、偽物が出た「らしい」などというおぼろげな情報だけで遠征を強いられることになるわ。相手方の規模もわからないままでは護衛にだって支障が出る。そういう渾身の不満にも、トルカットは面白そうに笑って言った。
「別にいいじゃねーか、仕事が楽しくなるだろ?」
普段、何も起こらない護衛任務なんてつまらないとあくびをしていたのがバレたような気分になってジーノスは少々ばつが悪くなる。
「でも、それで危険な目に合うのはあいつなんですよ」
さすがにそこは無視できない、最大の問題点だろうと意気込んだのだが、
「そのための護衛だろ」
「……」
あっさりと、間髪入れずに言われてジーノスは口をつぐんだ。それは、そうなんだけど……。
「ほら、急げば今日中に着けるぞ。あんなうるさいの連れて野宿は嫌だろ」
今度こそさっさと行けというふうに手をひらひらと振られて、納得できないながらもジーノスは一礼してその場を離れた。せめてもの反抗に、下を向いたままだった。
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最後は無理やり追い出された格好になって、ジーノスは釈然としないまま長い廊下を歩いていた。言いたかったことの半分も伝わらなかった気がする。
ジーノスが言いたかったのはつまり、いくら護衛をつけているからといってわざと危険に近づける必要があるのかということ。神殿にはそういう調査をする部隊だってあるはずだし、だからこそそういう情報が入ってきたのではないのか。そいつらに詳しく調べさせればいい。なのになぜ、わざわざマリーナを送り込む必要があるのだ?
「あーっ……。これだ……」
今になって言いたかったことを整理できた。なんでさっき思いつかなかったんだと己の愚鈍さに悔しくなる。思わず頭を抱えてしゃがみこむと、レジーナが心配したようにのぞき込んでいる気配がしたがそれに構っている余裕はなかった。
そのための護衛だとトルカットは言った。
そのために護衛していたのに、護り切れなかった前回のことが思い出されて胸がチクリとする。レジーナが助けてくれなかったら今頃どうなっていたか……、いや、怪我した主な原因はそれだっけ?
まあとにかく、ジーノスは心を入れ替えたのだ。ぼろぼろになって怯えるマリーナには二度としないと誓った。でも……。
トルカットは違うようだった。前回あんなことがあったばかりだというのに、傷が癒えたらじゃあ次、とばかりにまた危険に放り込もうとする。結局あの人にとって、マリーナは神殿の権威を強める便利な道具でしかないのだ。
だいたい、王子たちが来たときからモヤモヤとしてはいたのだ。最初はマリーナを見せびらかす気だったくせに、向こうに取られそうになると一転して徹底的に隠そうとした。なるべく接触させるなという命令は、神殿はマリーナに選択肢を与えていないという王子の指摘そのものじゃないか。「トルカット様には逆らえない」と言ったマリーナの横顔が切なく思い出された。
とはいえ、しょせん神殿に雇われているいち武官のジーノスにトルカットの行動を左右できるような影響力はないし、マリーナのほうをどうにかしようとしてもあいつもあいつで大人しくジーノスの忠告に従うような奴でもないし。そもそもやる気満々だったし、止めるようなことを言っても絶対に聞かないだろうな……。……つまりジーノスにできることは何もなかった。ただ黙って成り行きを見守る以外には。
思わず手のひらをぐしゃりと握りしめる。
……やっぱ護衛ってクソだわ。
麻梨菜本人は特に何も思ってないのにジーノスのほうが勝手に深刻に考えて無意味に悩んでるという高度なギャグなので盛大な半笑いで読んでください。