9.大人のオブラート
大変お待たせしましたとにこやかに部屋に入ってきた四十すぎくらいの男性は、ジーノスを見るなりあれ、という顔をした。
まあ無理もない、今日は制服は着ていないからなんだこの若造はと思われたのだろう。身分証がわりに制服の襟止めを見せて自己紹介すると(騎士団の紋章が入っているので証明になる)、相手は目を丸くしたものの一応こっちのことを信じはしたようだ。早速とばかりに本題に入った。
「それで、ご用件というのは?」
「ああ、実は、神子姫様が行方不明になりまして……」
ジーノスがイノシシの配達の手配まで済ませて店を出ると、すでにマリーナの姿はどこにもなかった。自分の中でそういうイメージを端的に表現したつもりだったのだが、
「ええっ、神子姫様が!」
行方不明という言葉に相手は大げさなほど驚いて、座ったばかりの椅子からガタリと音を立てて再び立ち上がる。いやそこまで驚かなくても。
「や、でもだいたい居場所はわかってるんです。たぶんこちらに来ているかと……」
まあ確かに行方不明というと言い過ぎかもしれない。ジーノスのそれほど苦労しなかった聞き込みにより、マリーナらしき少女が衛兵に連行されていったとの目撃情報がすぐに入ったのだ。しかも罪状は武器の違法所持。この街に武器なんて一本もないはずなのに、一体どうしてそんな器用なことになったのだ?頭をひねりながらもジーノスは近くの詰め所までこうやって尋ねてきたというわけだった。
ここにいなければ、他の詰め所にも問い合わせてもらおう。それですぐに見つかるだろう。そういう算段で、ジーノスはマリーナの特徴を挙げていった。
「十五くらいの女の子、来てませんかね。黒髪で、長さはこのくらい。身長は……」
「えっ、神子姫様ですよね?黒髪?」
途中で衛兵の男性はジーノスに待ったをかけた。そこでジーノスもああと思い至る。儀式でしかマリーナを見たことがない人にとって、神子姫様は「神聖なる小麦色の髪」の乙女なのだ。
「ええっと……、お忍びなので。変装です」
我ながらとっさにしてはなかなか良い言い訳だと思ったのだが、相手は途端にさっと顔色を悪くした。それにつられて、ジーノスにもわずかな不安が顔を出す。俺なんか変なこと言ったかな……。
据わりの悪さにもぞ、と動くと、黙り込んでしまった相手がようやくといった様子であの、と声を絞り出す。
「そのう、神子姫様というのはもしかして……。……少々、威勢がよくていらっしゃる?」
「あ、そうそう。それですそれです」
うるさいアホというのを苦心してオブラートに包んだような表現にジーノスは即座に同意した。なんだ、やっぱりいるんじゃないか。しかし男性はジーノスの同意を受けて、さらに顔を青くして慌てて部屋を出ていった。いったん遠ざかったどたばたとした足音がすぐまた戻ってきて、
「少々お待ちください!!」
開けっ放しのドアからそれだけ叫んでまた遠ざかっていった。
「あ、はあ……」
別にそんなに急がなくてもいいのに。ジーノスはぱちくりとして彼を見送った。
重罪の疑いで、しかもたぶん身分も証明できなかっただろうから牢屋くらいにはぶち込まれているかもしれない。しかし街の衛兵は神殿の武官、要するに神殿の兵士で構成されており、ジーノスも騎士になる前はこの仕事に従事していた。その経験から言って、牢屋といってもそんなにひどい環境でもないはずだ。座る場所と飲み物くらいは出してもらえる。それよりも問題は、さっき男性がすでにマリーナの特性を理解していたことから間違いなくひと悶着あったらしいということだった。もしかしたら縄でぐるぐる巻きにでもされているんじゃないだろうか。
きっとすっげえ怒ってんだろうなあ。
なんとかうまいことなだめて神殿に連れ帰らなければならない。しかも、買ったイノシシの配達が夕方にあるからそれまでに。あ、じゃあぐるぐる巻きになっていたほうが都合がいいのでは。そのまま抱えて運べば……。
そんな算段を立てていたところに先ほどの男性は見るも無残な表情で戻ってきて、ジーノスの目の前でよろよろと机に突っ伏した。
「も、申し訳ありません……。神子姫様が、行方不明に……」
「え?」
いやだからそれはさっき言っただろう。意味がわからなくて再びぱちくりとするジーノスに、男性は突っ伏したままもごもごと続けた。
「こちらにいらしたことは確かなんです。しかし、その……。その後、当方でも行方不明に……」
まじかよ。
なんとか絞り出した声も尽きたといった様子の男性を前に、さすがのジーノスも固まった。どんだけ多重迷子を重ねれば気が済むんだあいつは。
その時ジーノスの考えたことは、果たしてイノシシの配達時間に間に合うのかということだった。
たぶんこの世界で成人は十五くらい。
アジア顔で幼く見積もられるっていう例のアレ。




