第八十七話 包み隠していた事情
持って来た携帯用のコンロを組み立てて、火を入れる。
6月とはいえ雨の中でのキャンプ、かなり冷え込んでいたのでそれだけでも少し暖まる気がした。
網にアルミホイルで包んだ鮭と野菜を乗せて、そのまま膨らむのを待つ。
「もう少し待ってて。そのうち中の食材から出た水分で蒸気が出て膨らみ始めるからねぇ」
「焼けるのを待つだけなんて、簡単で良いわね」
「そうなんだよ。手軽で美味しいから初心者向きだねぇ」
「それにお肉じゃないのも良いところね。
あたしの好み、覚えてくれてたの?」
「初めてのキャンプを楽しんで欲しいからねぇ」
沸々と温められていくホイル焼きを眺めてゆったりとした時間を過ごす。普段は読書をしながらゆっくりと寛ぐのだが、同行人がいると会話ができて中々に楽しいかもしれない。
「君はいつから大沢に来たんだい?」
「高校入学と同時に。祖父母の家に泊まってるわ」
「おや……では生まれは別のところになるのかな?」
「……あたし、イギリス生まれなの」
予想外の出自。どうやら彼女は帰国子女というやつなのかもしれない。
「へえ……興味深いねぇ。とすると親御さんのどちらかが?」
「あたしの母がハーフでね。クォーターなの」
国際結婚というやつなのかもしれない。
だが、クォーターというと気づけなかったのも仕方がないのではと思う。
「海外と日本はどう違うかな? よければ教えてほしい」
「……そうね。イギリスではアジア人はそれなりの扱いを受けるわ。あまり話したくはないけど」
「ふむ……あまり楽しい思い出ではないようだね。
忘れてくれると嬉しい」
「……あなたは、どんなふうに育ってきたの?」
すると、園尾さんがこちらをじっと見つめて聞いてくる。僕ばかりが質問しているので次はこちらの番ということだろう。
「そうだねぇ……。僕の家は放任主義というか、あまり過保護では無いからねぇ。僕のやりたいように好き勝手やらせてもらってるよ」
「羨ましいわね。あたしはずっと親の言いなりよ」
「……門限も定めないのにかい?」
すると、彼女は目を伏せて俯いてしまう。
またあまり触れられたくないところを聞いてしまったらしい。
「……今は別ね。アレはあたしに興味がないから」
「……そうかい。まあ今日は思いっきりリラックスしていくといい。僕と一緒だと難しいかもしれないが」
すると、園尾さんはこちらを見て……どういうわけかニヤリと笑った。
「同情してくれるなら……少しぐらいわがまま言ってもいいかしら?」
「……んまあ、あまり無理は言わないでくれよ」
……普段の喧騒から離れて羽を伸ばせる機会なのだ。
今日の僕は彼女のしもべとして尽くすことにしよう。
まあとりあえずは、そろそろいい感じに匂いが香っているホイル焼きをご馳走することからだ。