第八十二話 映画
園尾さんの提案通りそのまま映画館へと足を運ぶ。彼女も女性だから何か恋愛ものでも好きなのかと思っていたが、どうやら違うらしい。
「木石くんってどんな映画を観るのかしら?
気になるから教えてほしいわ」
「そこまで僕に合わせなくてもいいんだけどねぇ……。僕も園尾さんの好みが知りたいのだけど」
「……あたしは映画、そんなに観ないのよ。
だからおすすめを教えてもらえると助かるわ」
そう言われてしまうとどうにもできない。
仕方がないのでなるべく上映時間が少なそうで、マイナーどころのホラー映画でも見てみることにする。
「……ホラー映画が好きなの?」
「実はこういうマイナーなやつは割と笑えるんだよ。
なんというか……シュールな笑いがあって好きなのさ」
「楽しみ方が独特ね」
実を言えば、彼女の鉄面皮を少しでも剥がすためのささやかな試みだったりする。
彼女はなんというか、常に淡々としていてあまり感情が面に出てこないから、少しでもそういった人間味のある部分を見つけたいものだ。
キャラメルポップコーンとジュースを買って映画館に入る。案の定というか、席は空席が目立ってガラガラだ。
マイナーなホラー映画なんてこんなものだろう。
上映が始まると……。
……。
………………。
うん。これは酷いな。
役者の演技と吹き替えが全く噛み合っていないというか、迫真の声に役者がついてこれていない。
それに演出自体がチープで音や映像で驚かせようとするばかりで見ていて面白味がない。
更には肝心なシーンに限って暗すぎて何が起こってるのかよくわからない。
(彼女は……っと)
一応、園尾さんの方をチラ見してみると、……んー? なんとも言えない表情だ。
どちらかというと不機嫌よりかもしれない。
そうして、結局は全てが夢の世界の話でしたという。脚本としては失格もいいところなオチを見て、スタッフロールも見ずに劇場から出た。
「いやー……あんまり面白くなかったねぇ」
「そうね……。時間を無駄にした気分だわ」
見ると、ちょうど夕飯時のようだ。
とりあえずファミレスに寄って感想でも語ることにしようと誘うと了承される。
「園尾さんはあの映画どう思った?」
「最低だったわね。特に猫を殺すシーン」
おっと、なかなかピンポイントなところだ。
確かに殺人鬼が猫を殺すシーンはなかなかにチープな感じで少し笑みがこぼれてしまった。
恋人のいちゃつく場に忍びよる殺人鬼が邪魔な猫を殺すのだが、思いっきり猫のかわいい鳴き声が出てしまっている上に猫を触る殺人鬼の手つきが優しすぎて、ああ……この動物タレントの猫ちゃん大切にされてるんだなぁと微笑ましく思ってしまった。
「猫を殺す必要ないでしょうに。適当に追い払えばいいのよ」
「……ん? そこなのかい?」
「そうよ、かわいそうじゃない。あの子可愛いのに」
……どうやら彼女は猫好きのようだ。
なんとなくあまり動物に対して愛着を持つように見えなかったから意外だ。
図らずして彼女の人間らしいところを見るという本懐は達成できたようだ。
「はぁ……あんまり食べる気がしないわね。
猫を殺す人間って嫌いよ」
「園尾さんは猫、好きなのかい?」
「別に……可愛いから愛でてるだけよ。
あたしと違って愛嬌もあるしね」
ぐちぐちと映画の悪口を言いつつポテトを齧る園尾さんのことを、僕はけっこう可愛らしいと思ってしまった。