第八十話 アルバイト
「ん……そういえば今日はアルバイトがあったねぇ。
悪いけど、今日はここでさよならみたいだ」
「そうなの? 残念ね。ではまた明日」
忘れかけていたアルバイトのことを思い出して、彼女と別れを告げる。僕のアルバイト先はカラオケ店だ。
学生がよく利用するからか、それなりに身入りは良い。仕事先の制服に着替えて同僚に挨拶してバイトを開始する。
(おや?あれは……)。
見知った顔が現れたので邪魔をしないように裏方に回る。どうやら浅海くんと柳城女史が放課後デートをしているようだ。浅海くんは相変わらずパッとしない雰囲気だが、柳城さんはなかなかに楽しそうである。
(うんうん。青春だねぇ)。
ニヤニヤとしながらも彼らが部屋に入ったのを確認して、自分の仕事をする。案外こうして学校の生徒が利用する事もあるから、なかなかにやっていて面白いのだ。
そんなことを考えながら、その日は仕事を終えた。
翌日、園尾さんと昨日と同じように談笑しつつ、週末のデートに向けての計画を練ってそのままアルバイトへと出かけたのだが。
「……新しくアルバイトを雇ったとは聞いていたけれど、まさか園尾さんとはねぇ」
「そうね。運命的なものを感じるわね」
なんの因果か、園尾さんが僕のアルバイト先に来たのだ。……もしかすると堂家先輩あたりが僕のことを教えたのかもしれない。あの人なら面白半分にやりかねない。
「あたし、アルバイト初めてなの。
色々教えてくれると助かるわ」
「あー……わかったよ。もちろん教えるからなんでも聞いてくれるかい」
そうして、仕事を教えていくとわかったのだが……。
彼女はとても優秀なようだ。
「はい! お二人様ですね。お時間はいかがなさいますでしょうか?」
……うーむ笑顔が眩しい。僕は今まで見たこともないし今後も見せないのだろうけれども。見目が良いので受付・会計をお願いしたのだが正解だったようだ。
「……なあ姉ちゃん、よかったらバイト終わったら俺と話さねえか?」
おっと。どうやら彼女の笑顔に魅せられてしまった人がいるようだ。僕としては友人として守らないわけにはいかない。横に割って入ろうとしたものの……。
「……申し訳ありませんがお客様。当店ではそういったサービスは行なっておりません」
「……え?! あ……ああそうか……? わ、悪かったな」
先ほどまでの愛想の良いハキハキとした態度とは真逆の、嫌悪感丸出しの低く冷たい声色。
ナンパした男の方が思わず怯んでいるあたり、相当に睨みを効かせているのだろう。
(やー……こわいこわい)。
今後も園尾さんのことはなるべく怒らせない方が良さそうだ。そんなことを思いながら休憩に入った彼女に話しかける。
「うん。園尾さんはこの仕事向いてるねぇ。
君が表に出てから心なしか男性客の滞在時間が伸びたような気がするよ」
「あたしとしては愛想笑いとかナンパが鬱陶しくてこのうえないわ」
そう言って受け取ったであろう連絡先の書かれた紙を何枚もゴミ箱に捨てる彼女には、やはりブレないものがあるなぁと感じる。
「外見が良いのもなかなかに大変なんだねぇ。
君を見ていると自分が平凡で良かったと思えるよ」
「あなたが平凡……?」
すると、じっとこちらを睨みつけるように見られる。おや……? そういえば彼女は僕の顔も気に入っていたんだっけか? そこを貶めるようなことは言うべきじゃなかったかもしれない。
「……自信を持ちなさい。大抵の男よりあなたの顔は素敵なのよ」
「そこまで褒められるほどではないと思うけれど。
まあ喜んでおくよ」
すると、彼女は休憩を終えてすぐに受付に戻ってしまった。その様子を見て女心は難しいなと思いながらも、ロッカーを開けてそこに付いている鏡を見てみる。
「どうもこの顔が好きなのかねぇ……?
自分の顔のことながら、なんとも不思議なもんだ」
鏡の中の自分も、困ったように首を傾げていた。