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君を自転車で轢いた後 ※完結済み  作者: じなん
第二章 二人の日々
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第七話 わがまま

 

 夢を見た。入院していた頃にも見た悪夢だ。


 暗闇の中で一人で自転車をこいで学校からの帰り道を進んでいく。その中で自分はこれから何が起こるかを知っていて自転車のライトをつけようとする。だが決まってライトは点かない。


 そのまま道を変えることもできずに坂道を降って行くと彼女の姿が見えるのだ。その少女、四葉さんは手を広げて笑顔で俺を受け止めようとする。


 俺は……そのまま……勢いをつけて……



「……ッッ! はぁッ はぁ……」



 そんな消えない記憶が毎日毎日夢の中で自分を苛んでくるのだ。その度に何故自分がこうして無傷で生きているのかを考えて暗い気持ちになる。そんなことを繰り返していくといつのまにか朝になっていて。


 俺は智樹さんからの連絡で目にできた隈を擦りながら身支度を整えて、四葉さんの待つ病室へと向かった。



 病室の扉を開ければきっと昨日のことを深く後悔している四葉さんがいる……と思いながら病院への道をとぼとぼと歩く。

それに少なくとも、あんな風な対応をされてしまうと自分が困るのだ。昨日だって一人の人生を台無しにしてしまった罪悪感で夜も深く眠れなかったのに。これ以上、よくわからないことで混乱されると気が変になりそうだった。



 四葉さんのお見舞いに訪れるとにこにことした笑みに出迎えられた。

一緒に出迎えてくださった四葉さんのお母さん、徳子さんはとても訝しげにこちらを睨みつけていたのだが。

四葉さんはそんなこと知ったことではないと言わんばかりで、こちらの手をとってにっこりと上機嫌である。



「えっと……その、四葉さんは……普段から……?」


「そんなわけないでしょう」



 徳子さんにはキッパリと不機嫌に切り捨てられる。



「夫から話しは聞いたし、私も何度も四葉を説得したの。貴方のような人間をこの子のそばに置いておきたくないって。

……けれど四葉はその度に癇癪を起こして暴れるの。言葉を出せないのに必死になって貴方をこの病室に連れてくるように私たちにすがるの」


「そんなことが……俺も、自分はここにくるべきではないとわかっています」


「理解してくれているならいいわ。今すぐに私の目の前から____」



 すると、ガシャンと何かが落ちて割れる音がした。

見ると、四葉さんが手を伸ばして生けられていた花瓶を床に落としたようだった。


 その目はジロリと自分の母親を見据えていて、相当に怒りを溜めているようだ。



「……四葉、落ち着いてちょうだい。

貴女は気が変になっているだけなの。こんな男を貴女に近づけるわけにはいかないのよ?」



 すると、四葉さんは自分の左手を口に持っていき、大きく口を開けて手首に噛みついた。

慌てて徳子さんが必死に制止しようと顔を抑えるものの声にならない唸り声と共にその行為を止めようとはしない。



「わかったわ! ……京治くんと会ってもいいから……! お願いだから自分を傷つけないで……!」



 その言葉にようやく納得したのか、四葉さんは口を手首から離してニヤリと笑った。

その口元には血が混じった唾液がついていて、より一層彼女の狂気が垣間見えた。



 新しく四葉さんの左手に包帯が巻かれて、その処置の様子を傍から見ていた。

四葉さんは目を瞑りながら治療の痛みに耐えているようで、彼女にとっても今回の手段は相当に奥の手だったらしい。



「京治くん……四葉はどうしたの?

貴方は四葉に何をしたの?」


「わかりません……俺と四葉さんは確かに初対面のはずなんですが……」



 四葉さんの行動にすっかり憔悴した徳子さんが俺に縋るように聞いてくるが、それはこちらが聞きたいことだった。

すると、治療が終わった四葉さんがぽんぽんと布団を叩いてこちらを呼んでくる。

そのうえ、車椅子と俺を交互に指差した。



「えっと……外に出たい。ですか?」


こくこく



「……はぁ……わかったわ四葉。今介助の方を呼んでくるから……」



 凛堂さんが席を立って出て行こうとすると四葉さんがいやいやと首を振る。そして俺をまた指差した……どうやら自分に車椅子に乗せてもらいたいらしい。



「四葉は子供の頃から私の言うことに素直な聞き分けの良い子なのに……どうしてこんな……」



 凛堂さんはもはや、涙を浮かべてすらいた。


 自慢の娘が自分の娘を傷つけた加害者になぜか懐いていて、しかも母親である自分を無碍にしているとなればそうなるだろう。

居た堪れない雰囲気を感じつつもそんなことはどうでもいいと我関せずといった様子の四葉さんに促されて、その指示のままに車椅子を用意する。

そうでもしないと、また四葉さんが暴れてしまうかもしれない。



「ええと……どうすればいいんですか?」


「……ねえ、やっぱり専門の方を呼びましょう? 四葉」



 当然のことながら車椅子への乗せ方なんて知らない。

すると、四葉さんが両手を開いてこちらを見てくる。



「だっ、抱っこ……ですかね?」



 チラリと徳子さんに許可を求める。

徳子さんはこちらを恨みがましく睨みつけるものの、どうしようもないと思ったのか許可を出した。



「よいしょ……っと」



 四葉さんを正面から抱きかかえると、その起伏に富んだ身体に少し意識を削がれてしまう。

それにどういうわけかとてもいい匂いがして、驚かされた。



「……ん、あれ?よ、四葉さん?」



 何故か四葉さんがそこから動こうとしてくれない。

むしろ無事な左腕を中心にぎゅうっと力を込めて、そのまま引き倒そうとすらしてくるのを感じた。

しばらくどうしようもできずにそのままになっていると……。



「……いつまで抱きあってるつもりッ!

早く車椅子に乗せてあげなさいッ!」



 十数秒ほど経った後に徳子さんのヒステリックな制止の声で中断されるまで、四葉さんはハグを止めようとはしなかった。




 病院の中庭に出ると夏の日差しと蝉の声が響いていた。日傘を差しながら慣れない車椅子を押す。



「………………」


……♪


「……あー、その、暑い……ですね」


……♪



 指を差された場所にゆっくりと足を運びながら、会話をしようとするも……どうにもならない。


 そもそも彼女は言葉を発せないのだ。指定された木陰に車椅子を停めてそのまま数分が経っていた。


 四葉さんのお母さんは着いてきてくれなかった。

というより四葉さんが非常に雑にしっしっと追い払っていて、その場で泣き崩れてしまった。


 あの悲しみようと怨みと怒りの篭った目はたぶん忘れられないだろう。四葉さんに似ていてとても美人な方なのでなおさらだ。美形の人の怒った顔は迫力があって恐怖を感じさせた。


 俺にしたって四葉さんが何をするかわからないので着いてきて欲しかったのだが……四葉さんのお願いは断ることができない。



 言葉を無くして佇んでいると、不意に四葉さんが指を差した。見るとそこには……どうやらクローバーの花が咲いているようだ。



「……もしかして、四葉のクローバー……ですか?」


こくこく



 当たりだったようだ。彼女は車椅子から立てないので自分に探して欲しいとの事だろう。


 数十分ほど日差しの中で汗をかきながら探して、ようやく少し虫に食われたものを見つけることができた。



「四葉さん。見つかりましたよ」



 車椅子の前で片膝をつき、目線を合わせて渡す。

すると……それを受け取った彼女は、ぱあぁと顔を明るくした



……♪



 とても……喜んでいるらしい。くるくると隅々まで眺めたかと思うとふんわりと掴んで自分の胸に手を当て、ゆっくりと瞳を閉じた。かと思うと今度はこちらにそのクローバーをそっと手渡そうとしてきた。



「……ええと……貰っても?」


「………………」


「……いただきます」



 そうして、俺は四葉をその手に掴んだ。


 その時の彼女の笑顔は……今まで見たこともないほどに輝いていた。


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