第七十七話 帰り道
良い時間だということを理由にして、逃げるようにお勉強女と別れようとする。
なんだろうか? 自分の好きな人が自分よりも頭が悪いのが嫌だということなのか?
理想を押し付けてそれでこちらを困らせるのはやめていただきたいものだ。
妙な女に会ったなぁと思って電車に乗り込むと、すぐさま僕の元に園尾さんが追いついてくる。
「……途中まで一緒よね? 一緒に帰りましょう」
「ああ……そういえば最寄りは一緒だったね」
ちょうど夕方の帰宅ラッシュの時間で満員電車でもみくちゃになる。園尾さんと向かいあって立っていたのだが、そのまま周囲に押されて距離が縮まった。
ぎゅうぎゅうと向かい合って密着した形になってしまう。今日初めて会った人とこれは厳しい。
やむなく鞄を盾にして少しでも距離を取った。
「す、すまない園尾さん。こんなに近づいてしまって」
「仕方ないわ……不可抗力よ」
冷静に園尾さんが返す。言葉では好きな人と言っているのだから少しぐらいは照れてもいいものを。
園尾さんはスレンダーな体型をしているため、余計に僕との距離が近づいているように感じる。
良い香りがふっとしたが、これは彼女の香りだろうか? けれど他の人の臭いも混じって上手く嗅ぎ取れない身長も同じくらいのため、顔が鼻で触れあってしまいそうだ。
すると、園尾さんが少し顔を逸らした。
「……木石くん。やっぱり綺麗な顔をしてるわね」
「お褒めいただきどうも……」
しれっとこちらのことを褒めてくる。
顔が好みというのはあながち嘘でもないようだ。
こちらとしてはできるだけセクハラにならないように苦心するしかないのだが。
長いようで短い数十分の後、ようやく目的の駅に辿り着いたので疲労困憊で下車する。
普段はこんなに遅れることはないためこんな満員電車は初めての経験だった。
流石に受けるストレス値が戦場並みと言われているだけあって、もう二度と体験したくない。
「大変だったねぇ……じゃあ、僕はこれで失礼するよ」
「そうね、木石くん。また明日」
帰路に着いてそのまま思考を続ける。
妙な人と知り合ってしまったものだ。こちらに好意を持っていると言ってくるよくわからない女の子。
僕に告白すること自体に何かしらの目的があって、例えば友人間での罰ゲームとかの可能性はあるがそれにしては断られても食い下がってくる。
行動原理がチグハグでどういう目的があるのか皆目見当もつかない。
(浅海くん。今なら君の気持ちがわかるかもねぇ)。
同じように突然女の子の方から声をかけられて、一方的に仲を深められている友人を思い出す。
柳城さんはどうやら浅海くんの何処かに彼特有の長所を見出したようだが、たぶんそれは彼が誰をも寄せ付けようとしないところだろう。
どういうわけだがそれが彼女の琴線に触れる要因になったに違いない。
では僕の場合はどうか?
確かに僕は孤立しているがそれは僕自身があまり人好きする性格ではないからだ。
それを知っていて園尾さんが声をかけたとすると彼女はよっぽど変人が好きだということになる。
あるいは自分と同じような立場の人間にシンパシーを抱いたのだろうか?
いつのまにか家に着いていたのでただいまと声をかけて自分の部屋へと戻る。
そして、部室のメンバーに連絡を取って詳しく情報を集めることにした。
僕の所属している部活はコンピュータ研究部。
そして、また名を情報部
学園での雑多な噂を取り扱う、ゴシップペーパーのような部活だ。