第三部エピローグ
『特別教室棟の最上階には近づかない方がいい』
夏休み明けにそういう噂が学校で出回った。
ボクとしてはいつも利用しているところなので正直迷惑なのだけれど、まあ特に何が起こるわけでもないのでいつものように彼女に会うべく足を運ぶ。
「純香! 待たせてごめんね」
「忍くん……! 今日も来てくれてありがとう」
最愛の人を目の前にして思わずその勢いのままにハグをしてしまう。純香も驚きつつもそれを受け入れてくれる。
彼女のほうがボクよりも20cmぐらいは身長があるため胸に飛び込む形になって役得だ。純香に抱きつくと特有のいい匂いに包まれてとても幸せになれる。
「忍くん……今日も美味しそうな匂い……」
頭上から聞こえる声も少し物騒ではあるものの、純香がボクにぞっこんだと考えると悪い気分ではない。
しばらくそのまま抱き合ったあと、かなり名残惜しいが離れて昼食を開始する。
「忍くん……はい、あーん」
純香にご飯を食べさせてもらうのは最近の日課になっている。なんでも前は栄養失調のせいで味覚が減退していたものの最近になってようやく戻りつつあるらしく、料理も以前よりも格段に美味しく作れるようになったそうだ。
「純香、じゃあボクも……」
と言ってあえて直接純香の口に運ばずに、そのままボクの口に含んで少しだけ咀嚼する。
そしてそのまま純香と口づけをして食べたものを口移しした。
「はぁぁ……! 忍くんの味がして美味しい……!」
純香が両手を頬に当てて感嘆の声を上げる。
少し汚いけれどこうしてあげると純香がとても喜ぶのでやめられないのだ。
流石に全部はしないけれどそれぞれおかずを食べさせあっていると、あっという間に昼休みが終わってしまう。
「……おかしいな。昼休みってこんなに短かったっけ?」
「そうね……忍くんといると、時間が短く感じてしまうわ」
名残惜しいが……授業には出なくちゃいけない。
最後にもう一度別れ際のキスをして、その場を後にすることにしよう。
それを見ていた小田巻とそのグループはなんとも居た堪れない気分になっていた。誰かが流した噂の通り度胸試しでもしようかと思って来てみたのだが……あれはなんだ?
その……やばいくらいのバカップルじゃないか?
影からひっそりと見ていたが普段は影の薄いあの保食が……甘い言葉を吐いて彼女といちゃつくのを見せつけられて、もはや胸焼けを起こすほどお腹がいっぱいになってしまった。
「……帰るか」
そう呟いて、とぼとぼと教室に帰っていく。
オレたちも早く彼女作ろう……などと思いつつ。
そんな彼らのことなんか知るよしもないし知ってもどうでもいいとばかりに、保食忍と上梁純香は授業開始のチャイムが鳴るまでキスをしていた。