第七十二話 おかしな二人
私が物心ついた時に側にいたのは母親でも父親でもなかった。
それは彼らから雇われた家政婦さんで面倒くさそうに私の世話をしていた。
父は海外で作家をしていると風の噂で聞いた。
母はモデルとして活躍しているのを見たことがある。
どちらも話半分なので本当のところはどうかわからない。
結局、私は彼らに会ったことがないのでどうしても家族という感覚にはならなかった。
彼らとの絆は毎月送られる生活費と彼らが帰ってこないこの家ぐらいだった。
だけど、小さい頃の私はそれでも彼らに目を向けてほしかった。
家政婦さんの仕事が無くなるぐらい家での家事は自分できっちりとやった。
小学校での勉強も人一倍頑張ってクラスでの成績は一位だった。
スポーツにも励んでバレーは他の同い年の子なんて目にも入らないぐらいの実力だった。
けれど、私には才能がなかった。
家政婦さんがいなくなった後、一人で食べる夕食は味がしなかった。
勉強も中学生ぐらいから追いつけなくなってそこそこできるぐらいまでに落ち着いた。
バレーは頑張りすぎたのか足を捻ってそのまま引退してしまった。
私には、何も残らなかった。
何を食べても味がしなくなってどんどんと食事が疎かになっていく。
意気込んだ入学テストの結果が悪くて入りたかった特進コースを逃してしまった。
今更スポーツをしようにも痩せた足が動いてはくれないと悟った。
自分はどこかおかしいのではないだろうか?
そう思って病院に行くと。
軽度の鬱と、摂食障害と診断された。
やはり、私はおかしいのだ。
おかしいから……父も母も私を見放したのだ。
心から絶望して、また何も食べられなくなった。
高校2年生になって、私の気分は暗澹としていた。
最上院学園附属高校では年ごとに成績に見合ったクラスへと配属される。
私が配属されたのは進学クラス。
あんなに努力して寝る間も惜しんで勉強したのに、中の上程度の学力にしかならなかった。
クラスにはお友達なんていないので、お昼休みはそのまま校内をぶらついていた。
誰かの陰口で骸骨女と呼ばれたのを知ってから、私はクラスにいるのが怖くなってしまった。
実際、私は死んでるも同然の状態かもしれない。
ここ数日、ろくな食べ物を食べた記憶がない。
食べたとしても吐き出してしまって、身体が受け付けてくれない。
けれど、意識は何故だがはっきりとしていて眠ることも満足にできない。毎日、お医者さんに処方されたお薬を飲まないときっととうに死んでしまっていただろう。
このまま私は薬漬けになって骨も残らないで死んでいくのかもしれない。
そう思うと悲しくて泣けてきて気を紛らわすためにただ校内を歩き続ける。
その時、私に誰かがぶつかってきた。
それは軽い衝撃だったけれど、驚いてそのまま倒れてしまった。その人は私のことを心配してそのまま保健室まで連れて行ってくれた。
その人は私と同じで学校での居場所がないようだった。
可愛らしい顔をしているのにどこかオドオドとしていて、頼りないような男の子。そしてとても優しくて。
こんな私のために何故だか色々と尽くしてくれる。
そんな、どこかおかしな貴方。
その優しさを味わうたびに、どんどんと彼に惹かれていく。
ああ……もっと保食くんと一緒にご飯が食べたい。
もっと、保食くんの作ったご飯がほしい。
忍くんが、ほしい。
はじめて……私の中で心から欲しいものができた時。
私は、どんな手を使ってでも彼を手に入れたいと。
そう腹の底から、思ったのだ。